《アスカ、復活?・弐》

全年齢
Written by 瑞雲





「了解」
 レイは短い言葉で同意を示すが、その心中は涼しい顔とは裏腹に複雑だった。
「何よ、あんたも日本に来てたの。大変だったわね」
 いつのまにか玄関に来ていたアスカは無機的な少女を認めると、彼女の手を引いてアスカのいる部屋に導く。
「えッ!この娘を知ってるのかい?」
 シンジはアスカのあまりに自然な行動に驚愕とした。
「何よ、もう忘れたの?ナンシーよ、キャンパスにいたじゃない。危険人物だったしサタンの信者で結局、最後は精神病院送りになった彼女よ。もう更正したみたいね、ほら…ケーキまで持ってきてくれてるじゃない。ねえ、日本では何をしてるの?」
「その、海洋生物の研究…よ。日本はアジアでも有数の機関があって、今は彼と同じ教育機関で学んでるだけど、全然話す機会がなくって…」
 レイは気安く話しかけてくるアスカに対し即興の演技で質問に答え、シンジとの関連付けをも実現させて自分の役柄を確立させる。
「ほら、あんたが女の子の事にまるっきり疎い坊やだからいけないのよ。彼女、もう更正したんだから…軽蔑するのはやめなさいよ。ほら、二人とも…あたしの前で和解してみせて」
 すっかり日系アメリカ人に成りきったレイに孤立感を深めるシンジに対し、彼が過去の遺恨に捕らわれているものと考えたアスカが調停役になってみせた。
「悪いけど、まだ君には抵抗があるものの…アスカが言うなら…」
「どう思ってもらっても構わないけど、これからは…もう少し、今の私の多様性を評価して」
 両者は現実にもぎくしゃくしているので、複雑な気持ちで握手を交わす。この言い方だとシンジの方が大人気ないように思えるが、恋慕に似た気持ちさえ持っていた少女が戦闘で死んだかと思われたのに、クローンによって復活した彼女に以前と同じく仲間として対応しなければならない少年の心境の方が遥かに複雑だった。


「やっぱり、こうでなくちゃダメね。ジュースにケーキ…ケチで女心の分からない男だけじゃ話にならないわ。ナンシー、あたしがいちごショート…取っていい?」
「いいに…決まってるじゃない、短い間だったけど…同じ学び舎で学んだ仲じゃない」
 レイは、密かに自分が好物であった種類を泣く泣く病み上がりの少女に譲る事に応じた。内心、悲しかったがネルフのためと思い、レイはそれを彼女に渡す。
「ナンシー、随分…話が分かるようになったな。俺…びっくりしたな」
 シンジはレイの意外な行動に驚きを隠せなかった。
「まあ、ミス・ナンシーはシェスターさんとはご学友でいらっしゃったの」
 ミサトは食器を並べながら、密かにレイをフォローする。
「そんなに、気を使わないで…私はあなたより年下なのだから、ただのナンシーで…いいわ。メイドとしての気遣いには感服するけどね」
「なら、これだけは憶えておいて…下さいな。日本人には察しの心がある事を…」
 レイがミサトの演技に対し遠回しに警告を発すると、ミサトはミサトの方で彼女を牽制する。やはり、今までとは違ってある程度の人格を付与された少女が指揮下では次の戦いにも予期せぬ影響が出かねないと懸念した。
「シェスター、使用人にナンシーに対してつらく当たらないよう言って。彼女は日本でも友達が出来なくて…きっと心細いだけなんだから」
「アスカ…見ない間に随分大人になったな、体だけじゃないんだな。はははッ…」
「何、つまらないジョーク言ってんのよ。あたしはただ…この時間を楽しくしたいだけよ。チルドレンは…いつ戦いに出るかもしれないんだから…」
「悪かった…許してくれよ、アスカ。ついつい、明るい雰囲気に夢中になっちゃって。ダメじゃないか、ミサト。ナンシーはお客さんなんだから…」
 シンジはいつも仲が悪い二人が和んでいるのが奇妙で内心微笑ましくも見えたので無意識の内に表情が緩んでしまい、北上・シェスター・カズマとしての演技にムラが生じたのを忘れそうになっていた。
「あ、電話だわ。めずらしい…」
 ミサトはシンジの軽い叱咤も耳に入らないかのように、電話の元へと向かった。


「はい、葛城…え、リツコなの?どうして…そうなのよ」
 意外な人物からの知らせにミサトは驚き、それでいて友人同士の会話にすぐ戻る。
『どうやら、ウワサは本当の様ね。で、アスカはどれくらい機能が回復したの?』
「相変わらず科学者の口調ね、あんた医者には向いてないわ。そうね、自分で起きれるし…ちゃんと日本語も話すし、今もレイとも仲むつまじくケーキをつついてるのよ。けど…」
『けど、何なのよ。マヤ、まだ仕事中でしょ…パチスロの本はしまいなさい!』
 リツコは士気が低下する現場から考えの読めない友人に連絡していた。
「そっちも、大変みたいね。そうよ、記憶が欠落してるのよ。あの戦闘の事はおろか…日本に来てからの事すべて覚えてないのよ。きっと、後遺症みたいね」
『めずらしく、冴えてるじゃない。それで、ネルフに顔を出さない理屈が通るわね。それより、彼女…ハシは従来通り使えてる?副司令…床にタンを吐くのは止めて下さい、不潔ですから。私、どこまで…話したかしら』
「いきなり、ヘンな事聞かないでよ。ヤキソバも食べたし、食欲なんか昔よりあるわ」
『それは、良い兆しよ!話によれば脳に異常は見られないし、生への執着もあればチルドレンとして復活できそうだわ。ちょっと、何よ!青葉ニ尉、その頭…まるでウニじゃない。公私の区別ぐらい、ちゃんと付けなさい!』
「周りが大変そうで悪いけど、全然訳が分からないからきちんと説明して。監禁されてから少し変になったんじゃない?」
『おかしいのは、私じゃないわ。主戦力を欠いて、士気がガタ落ちになったネルフ全体だわ!何してるのよ、日向ニ尉!誰なの?そのハデな女性、部外者は一切…立入禁止の筈でしょ。何が同志よ、同伴なんて不謹慎とは思わないの?え、何?マヤ…向こうに聞こえてるって。今の無関係よ、気にしないで。ミサト…その、何も心配いらないわ。それより、うまくアスカに合わせれてる?今の状態をキープしないと、マズいわ』
 リツコは周囲の混乱と友人の恋が危機に晒されているのを伝えまいと懸命だった。
「そっちこそ、いいのよ。マコトちゃんには、お仕事中に夢精しないよう…お姉さんとして大人のお遊びを教えてあげただけだから。続けてよ、どうすれば汚染を再発させる事なくアスカを完璧に復活させれるの?」
 ミサトはマコトの浮気によって、情報を得る為だけに誘惑した事を詫びずにすんだので内心ホッとしていた。
『簡単よ、彼女のトラウマをこっちの武器にするのよ。おそらく神経衰弱が起きてる様子だけど、それは本人が何かにすがりたいのよ。つまり、こっちがそれを与えてやれば一気にアスカのesが一気に充填されるわ。そしたら、いつ記憶が蘇ってもそれに負けたりは…碇司令!!いくら風呂上りだからって、タオル一丁でウロウロするのはやめてください、そんな事だから最後のレイは…お願いだから、ここでヘンなダンスするのはやめてえぇぇぇッ!そんなポーズしたら…まあ、相変わらずご立派…』
「ちょっと…リツコ、何が起きてるの?一体、何処から電話してるのよ」
 いくらざっくばらんなミサトでも、ついに彼女の周囲の様子が気にならずにはいられなかった。しかし、現場の混乱は予想を越え、それを収拾すべくリツコが周囲の人間を恫喝した後、後輩に命じて心を病んだアスカを救えるただ一人の人間に扮する為、準備を急がせた。こうして、彼女は汚名挽回のチャンスをアスカ復活のシナリオに賭ける事にしたのだった。


「すごいじゃない、ナンシー。パソコンからゲームをゲットしてくるなんて…これで、セガのソフトが増えたのね」
「セガじゃないわ、サターン・エンターテイメントのハードよ…ここには面白そうなソフトが全然ないから、忘れ去られた方法でメーカーが広告してるページからデータだけを抜き出して、今時あのメイドしか使っていないCD−Rなんていう古臭い記憶媒体に写してみたの。褒められた手段じゃないけど…退屈するよりマシでしょ」
 最後のレイはエレクトロニクス系の教練もマスターしており、ゲームも本物のシュミレーターだと費用がかさむので安価でありながら効果的に動体視力を鍛え、容易に戦闘意欲を引き出す為のトレーニングとして嗜む様指導されていたので、その知識や技量はその辺のオタクとは比べ物にならない程のレベルであった。
「ねえ、あたしが一番にやっていい?」
アスカは数種類のゲームが詰まったディスクを目の前にすると、並の中学生と同じ好奇心でそれに飛びついた。彼女はミサトが食事の準備をしている時やシンジが勉強している時はゲームをしていたが、それは密かにミサトがある思惑を持って購入した中古ソフトばかりだったのですでにそれらには飽きた頃であった。
「君…随分変わったね」
 シンジは目の前の少女が、かつてのレイと同じ魂の器とは信じられなかった。会話もスラスラ話すし、服装にしても黒いレザーのミニパンツに赤いチビTで上に紫のシースルーのブラウスを羽織っていたので、近くのストリートからアンテナ少女が迷い込んだのかと錯覚させられそうになった。
「時期が時期だから、順応性を引き出されているのよ…今の私の場合。ちょっと、気がつかない?ここにあるソフトみんな、兵器での戦闘をテーマにした作品ばかりよ。つまり、まだ戦略や心理的な駆け引きをこなせるレベルに達してないのよ、彼女の意識は…だから、恋愛や育成と言ったジャンルはないのよ。これらはすべてコンティニュー無制限ばかり、これでは…彼女の闘争心に緊張感が伴わないし、本能が正しく伸びない」
「じゃあ、君はまさか…」
「いいんじゃない?時には痛みを知るのも…」
 レイが意味ありげに微笑むと、シンジの表情は一気に固まった。
「ちょっと、すごいソフトがあるじゃない。ねぇ、対戦で勝負してみない?ナンシー」
「アスカ、そろそろ休憩しないか?立て続けにプレイすると目に…」
「あら、いいのかしら?CDラックの奥に18禁ソフトがあるの、あのミサトに話しても…」
 すっかりゲームの虜となった少女は、少年の遠回しな忠告など全く耳に入らなかった。
「別に、バラしてもいいぜ。俺は…アスカの瞳の方が心配だから」
「開き直っても、ちっともクールじゃないわ。シェスター…台本を棒読みなのよ」
 アスカはかつて、最大の欠点とも指摘された血気盛んな部分がまるで抜けていなかった。そして、シンジはコントローラーの二つ目を残しておいた事を後悔した。
「太陽の牙ダグラムって、ドイツでも放送してたじゃない。知ってるでしょ?ナンシー」
「もちろんよ、病院で見たわ。舞台となる惑星では電子機器の機能が大幅に制限され、コンバットアーマーと呼ばれる一個小隊で機甲部隊に匹敵する人型兵器が活躍し、地球側と独立側とで壮絶な戦いが繰り広げられた…これは、プレイヤーがパイロットになって戦う作品ね」
「解説なんて、うざったいだけよ。気に入った機種がなかったら、こっちが先に選ばせてもらうわ。やっぱりダグラムよ、このパイロットのドナン・カシムって見た目はワイルドでイケてるしね」
「しまった!もうバトルが始まってる。卑怯だわ」
「どうしてだよ、昔の綾波はもっとおとなしかったじゃないか…父さんのせいだからね。知らないよ、もうどうなったって!」
 シンジはアスカが負ける事は目に見えていたので、恐怖のあまりモニターを直視できる精神状態ではなかった。
「見なさいよ、独立派に勝てる訳ないじゃない。ブッシュマンなんてエラそうに言っても、単なるソルティックの軽量型なのよ!イヤね、悪役根性が抜けない人は…」
「ズルいわよ、アスカ!大体、Xネブラ対応型じゃないと…一対一で勝負になる訳ないじゃない。おまけに、場所が荒野なんてそっちの思うツボじゃない!装備だって、まるで比べ物にならないのに!!」
「アスカ、そんなの気にしちゃダメだ。たかが、ゲームじゃないか。あれ…?」
 シンジの予想に反し、機種と対戦場所が重要なカギを握るゲームでは何とアスカが勝利していた。レイが操っていた褐色のメカが被弾した後、派手に爆発するのがリプレイされるのを見た少年は安心と同時に全身の緊張が解かれた。
「何、済んだ事…いつまでもウジウジいってんのよ。もしかして、自分が手にいれたソフトだからって、こっちが手加減でもしてくれると思ったの?甘い、甘いのよ。ゲルマン民族のいつも狙いは正確なのよ、敵に回したら命はないと思いなさい!」
「セコい手使って勝ったクセに、一人でイバってんじゃねーよ。もし、逆の立場だったら…絶対文句言ってただろーが!」
 意識の表面的な部分でも闘争心を増幅されているレイは、巷のいきりたい盛りの中学生と同じくすぐキレてしまい、まるで引き下がる様子を見せなかった。
「そんなに言うんなら、こっちのソフトで再戦よ!」
「断るわ!どうせ、私の事が嫌いなんでしょ!人形が嫌だからって、私が悪い訳じゃないじゃない。このあいのこ、いつもそうじゃないか。前の私の時だって…普段はつらくあたって、戦闘でも自分が手柄を立てれそうな時だけ真っ先に突っ走って、てこずりそうな時には私にやらせて…。あんたも一度死んだんだったら…中身も生まれ変わりなさいよ…それでも、チルドレンなの?事情が分かる人は、この私…ファーストチルドレンを評価するわよ…絶対に!」
「ナンシー、急に何を言い出すんだ?まだ頭が治ってないみたいだな。いいかげんにしろ!でないと、再入院させるぞ」
「頭がおかしいのは、そっちじゃない!司令の息子というポストに恵まれながら、いつも不安定で士気はだんぜん低くて…話にならないわ!!本当に碇ゲンドウの子供なの?絶対ウソだわ!あんたなんか、予備のパイロットで充分よ」
「黙れ!スペアもないクローンの分際で、生意気だぞ!父さんと親しいからって、調子に乗るな!また包帯姿にするぞ!」
 シンジは常に理知的であると信じていた少女の意外な反応と、本当の自分が出せる時間がまるでない事から来るストレスで思わず激昴してしまい、少女を激しく罵倒すると思いきり殴りつけた。
「やめてよ!暴力はやめて、シェスター。ナンシーは女の子なのよ!殴らないで…それじゃパパと一緒じゃない!嫌い、嫌いよ…」
 アスカはまるで事情が理解できなかったが、義父との事を思い出すと些細な暴力さえ容認できなかった。
「アスカ、こいつは君に無礼を…」
 少年は正気に戻ると、すっかり狼狽していた。
「私が、あの時死んだのは…あんたの為だったのよ…それなのに、こんな…。自我なんて覚醒させられたばっかりに、ここまで屈辱を…無に帰りたいわ。ここ何階だったかしら?これから飛ぼうと思うんだけど…救急車なんて呼ばないでね」
「ダメだ、やめてくれ…これ以上問題が起きたらこっちが変になりそうだ。今の僕は一人ぼっちなんだぞ、どうして…いじめるんだ。本当は、一番心細いんだ…」
 泣き崩れるアスカやすっかり自棄のレイを目の当たりにし、シンジの精神は限界ギリギリの状態だった。
「シェスター、あたしがいる限り…あんたを一人にしないわ。でも、あたしにはエヴァが待ってるのよ。今は、これしかできないわ…」
 耐えきれない様子の少年を見たアスカは、やさしく彼を抱きしめた。
「すまない…俺は、君の記憶が戻るまで面倒を見ると約束したのに…」
 シンジは初めて彼女に情けをかけられ、思わずもらい泣きをする。
「どうしたの?みんな。ケンカでもしたの?」
 ネルフの上層部でも女性には代わりないので長電話をしていたミサトが、やっとそれを済ませリビングに戻った頃には以前とは違う雰囲気だった。
「大した事ないよ、でも…ナンシーが急にウツ状態になって…自殺したいって…」
 なんとか対面をつくろおうとするシンジは要点だけをミサトに告げた。
「大丈夫よ、私に任せて。大学では精神医学をやってたんだから」
「もう限界よ…」
 ミサトがレイに近づくが、彼女はまるで上官に心を許そうとしない。
「聞いて」
「もう…イヤなの」
「絶対、聞く事になるわ…司令がリツコを遠ざけて、あんたを進化させた理由は何だと思う?ここで点数を稼いでおいた方が得だと思うんだけど…」
「そうよ、私が決起しないと、その…全然、平気よ」
海千山千の作戦部長がレイの耳元で怪しいセリフをささやくと、少女はミサトに決意を見せた。
「シンジくん…もう少しよ、きっとリツコが来てくれるわ。そしたら、うまくいく筈よ」
「本当なの?ミサトさん。助かったよ」
 ミサトは驚いているシンジにも小声で囁いて希望を与えると、シンジは最後のセリフだけアスカにも聞こえるセリフで答えた。


「前方船影確認、11時の方角…距離2500!速度20ノット…輸送船と予想されます。どうします?葛城艦長!」
「位置からして、それがきっと工作船よ。レイ、間違いないわ。シンちゃん、魚雷管1番2番注水!」
「もうできてるよ、艦長…弾頭は高性能爆薬で…合ってる?」
「OKよ、準備いいわね?断じてトマホークは撃たせないわ…。アスカ、深度300まで浮上よ」
「了解!アップトリム、メインタンク、ブロー」
「シンちゃん、1番管発射」
「発射!」
「どう、見えた?レイ!」
回避されました、ジグザグ航行です!コンテナ船とは思えない運動性と加速です」
「艦長!このままでは、相手に反撃のチャンスを与えてしまいます!緊急浮上して潜望鏡によって直接標準で攻撃しては?」
「シンちゃん!ホーミングの残りは?」
「ゼロです!」
「惣流操舵手、信じるわ!深度12メートルまで浮上…一発でキメて!頼んだわよ、二人とも…」
 ミサトはゲームが原因で生じた軋轢はゲームで解消させるべきだと思い、二人及び四人分担プレイの潜水艦シュミレーションゲームを持ち出し、各自日本初の原潜『轟天』のクルーに扮し戦後初の紛争である南沙沖海戦を戦い抜き、敵艦隊の主力艦を撃沈して史実通りの活躍を収め、最後に敵が民間の船に偽装した工作船から核搭載の巡航ミサイルで上陸部隊や軍港を攻撃するのを阻止する最終ミッションまで到達しており、彼女の提案でクルー登録画面では各自に日本名をつけさせたりシンジ達の連携を喚起させると言った遊戯の裏に隠されたシナリオはほぼ完成に実りつつあった。
「どう?葛城艦長…」
「当たったわよね?」
 久々にユニゾンに近い連携プレイに挑戦した二人は、音声入力システムと潜望鏡用小型モニターのついた艦長用コントローラーをもつミサトに戦果確認を求めた。
「やったわね、侵略者の最後の悪あがきを阻止できたわ!これで歴史通りね、二人とも最高だわ。野望を阻止した英雄よ」
 ミサトはプレイヤーサービスにも等しい面を解いた二人を大げさに褒め、彼らが満足そうにエンディングを見ているのを確認すると、はためく軍艦旗に浮かび上がるスタッフロールを見るふりをしながらレイに『成果あり』のサインを出すと互いにほくそえむ。
「シンジ雷撃手!あたしの操鑑のお陰よ、すごいでしょ?これがチルドレンの実力よ、たとえ海中に使徒が現れても…え?急に頭が…どうしてズキズキするの?痛ッ!勝った筈なのに、どうして…」
「アスカ、しっかりするんだ!」
「そうよ、目を閉じて深呼吸よ。その…ただの視覚神経の疲労よ!リラックスしたらすぐによくなるわよ」
「嫌ッ、触らないで…頭が割れたらどうしてくれるの?やめて…何なのよ、二人して…」
 得意げだったアスカが急に苦しみ出したのを見た二人は急いで介抱するが、あまりに偶発的なので明確な対処法がとれない。レイは少女をさすりながらミサトに『失策の影響により、危険な兆候』と目で訴えた。
「リツコ、私ではダメみたい…」
 悲痛な表情になったミサトはつぶやきながらぐったりしたアスカをその場に寝かせ、頭の位置を高くするために折り曲げた座布団をアスカの頭の下に置き、救急箱から取り出した冷却シートを彼女の額にそっと乗せる。
「ミサトさん、僕達はアスカを苦しめているだけなのかい?もしかしたら、このまま楽にしてあげたほうがいいのかな…」
「分からないわ…でも、本人の意思あっての決定権よ」
 アスカの急激な悪化で気落ちしたシンジに、ミサトはもどかしさと悲観的な感情を覆い隠す事ができなかった。
「やめて、不愉快だわ…死んだ事もないくせに、身勝手な台詞ばっかり…そんなだからこの子に悪い影響がでるのよ。行きましょ、ぐっすり寝ないと元気になれないわ」
 レイは始めてこの二人の頼りない部分を目の当たりにすると、体の芯から苛立ちが生じ、眠った少女をやさしく抱きかかえると彼女の部屋に向かう。この時、始めてアスカがシンジ達に対して納得いかない気持ちがわかった。
「一人で向こうに行ったら、許さないんだから…雲の上なんて寂しいに決まってるんだから、こっちで私たちを振り回している方が楽しいでしょ。早く元気になって、また高い所からスカートをひらひらさせて見せて…」
 眠ったままの少女に肩まで布団をかぶせてやるとレイはセンチな思いが溢れ、ムダだと知りながらも彼女なりに気の利いた言葉をかけるとアスカは少し眉間に皺を寄せた。
「何よ、もしかして冗談のつもりだったの?あいかわらず意地が悪いわね」
「ん…え?」
「よかった、気がついたんだね」
 アスカが目を覚ました頃、すでにシンジは傍らに控えていた。
「ごめんなさい、せっかくゲームが盛り上がっていたのに台無しにしてしまって…」
 目覚めた少女は精神汚染の元となった事象の記憶に関連する戦闘に回帰する発言と、ゲームとは言え高度な緊張やプレッシャーは、ようやく彼女の戻りかけた気力だけで耐える事は難しく、それに輪をかけて成長過程にある脳と視覚系に受けた光学的刺激は無視できない量に達し、結局第三者の努力によって植えられた偽りの記憶や人間関係も皮肉な事に、ゲームを始めた時点までの分しか認識されていなかった。
「いいさ、こいつがバグまでコピーしたから画面が不意に点滅が発生して、君に発作がおきてしまって…本当に悪かったよ」
「どうして、私だけが悪者にされるのよ。シンジだけいい格好するなんて…」
 レイは弱った少女との間に友情が芽生えそうだったのを横から邪魔されたので不愉快だった。
「その…悪気があった訳じゃないでしょ?いいのよ、別に。ええと、あなたの名前が思い出せないわ」
 普段なら怒り狂っているアスカだが、記憶障害のせいでいたって柔和な反応を示す。
「綾波レイよ、ネルフではあんたの先輩。ちょっと訓練の場所がちょっと変わったくらいで暴走して…あげくにその後はずっとサボる始末だから、喝を入れに来たんだけど…そこにいる調子のいい男がつまらないアイデアを出すからこんな事態に…。この際だから、無理にでも連れて行くわ。この間の模擬戦の結果はあまりにヒドかったから、今から特訓よ。エヴァだって、ずっと動かさなかったら関節が堅くなるんだから。早く来なさい!」
 レイは自分が来たにもかかわらず事態が好転しない事に納得がいかず、いっその事、アスカを強引にでも愛機のエントリープラグに押しこめば、チルドレンとしての自覚が戻り、しいては戦列復帰が果たせると考えて今まで見せた事もない行動にでた。
「あの、綾波さん…無理なの、あたし…きっと暴走したせいでこっちに来てからの記憶がないし、今も頭が痛いし…さっきも変な絵がいくつも浮かんで…」
 アスカは弱々しい表情で自分を怒鳴った少女に状況を訴えた。
「弱音なんか聞きたくないわ、何なの?その態度、ふざけてるつもり?」
「待ちなよ、綾波。アスカの話を聞いてみようよ」
 シンジは病人に対し、無骨な軍人さながらの態度のレイから気弱な少女を救う。
「ありがとう、その…シンジさんは優しいのね。まるで、地獄みたいだったの」
「今のアスカちゃんと昔の強気なアスカさんとの格差こそ、悪夢だわ」
「やめろよ、綾波」
「本当に怖かったんだから…真っ黒な空から白くてヘビみたいな顔をしたエヴァが何体も飛んできて、あたしはそいつらをやっつけようとしたんだけど…刺しても斬ってもすぐに元通りになるから、すごく不気味で…バッテリーが切れそうになったから逃げようとしたら背中を刺されてその後、何度も突き刺されてついに弐号機がバラバラになって…そしたらそいつら、ハイエナみたいにエヴァの残骸やあたしの死体まで食べちゃったの。うぅ…なのに、映像は止まらなくて、ネルフにもギラギラした目をした悪魔に取りつかれたみたいな兵隊が大勢攻めてきて…建物をめちゃめちゃにして降参する人や女の人もみんな殺し、動かせる物はみんな略奪して触れちゃいけない物まで暴いて、結局…この世界が終わるの…うええええッ」
 切り出そうとした時から少女は涙ぐんでいたが、自分が死ぬ場面を話す頃にはうつむいてしまい、すべてを話し終わる頃には恐怖に耐えられず泣きじゃくっていた。
「そんな、使徒でなく人間が襲ってくるなんて…」
 シンジはアスカが予見した最悪のシナリオに強い衝撃を感じた。
「妄言に決まってるじゃない!どうして、人類に貢献しているネルフが攻められなきゃいけないのよ!それに、補完委員会が量産型や地上軍を掌握して攻撃して来たって、ATフィールドを全開にしたらすべて一掃できるわ。第一、逃げる事ばかり考えてるからそんな考えが起こるのよ。エヴァは地球最強の兵器なのよ、何者にも負けないわ。もし、負けるとしたら…あんたみたいな、悲観論の…敗北主義者のせいよ!!」
 レイはアスカの話に耳を傾けたシンジを責め、布団の中で現実逃避する少女に予見が荒唐無稽である事とエヴァの優秀さを説き、最後には彼女を怒鳴りつけた。
「やめろ、何もわかってないのは…君の方だ。いいかい?チルドレンだって死ぬのは怖いんだ。仲間がついててくれないと、僕だって逃げたくなるくらいなんだ」
 シンジはレイに感情があっても、まだまだ思考や感覚と同調するレベルでないと悟り、 己の心の内を語って彼女を諭す。
「だったら、私と同じじゃない。私だって、使徒は倒せば倒す程、進化するから…次の戦闘であの真っ赤な頼もしいエヴァがいないと思うとすごく心細くて…」
 レイはシンジが思いの丈を打ち明けると、それに呼応して秘めていた不安や孤独をさらけ出した。
「よく話してくれたね」
「…あなたに知ってほしかったから」
「うれしいよ」
「何よ、日本人同士だからって…自分達ばっかり仲良くして。結局、あたしをダシに利用しただけじゃない…そういうのって、セクトリズムって言うのよ。あたしの事が邪魔なら、いなくなればいいって言えばいいじゃない、そしたら…ママのいる所に帰るんだから」
 アスカはフトンの中からスネた様子で二人に文句を並べた。
「ねえ、アスカは?」
「スネちゃって、フトンからでてこないんだよ…ミサトさん」
「計画は2割止まり…司令に報告できないわ」
「アスカ、八百屋のおじさんがメロンを差し入れに来てくれたの。みんなで食べましょ」
「そんなの…いらない。日本ではどうか知らないけど、アメリカではさほど高価な食べ物じゃないのよ。それに、こんな連中と同じテーブルで顔をつき合わせて食事するなんて御免です!あたしを一人にして…」
 上体を僅かに起こしたアスカはミサトに不機嫌な声で答える。
「情けないわね、アスカ…」
 突如現れた白衣の女性はクールな声で意固地な少女に告げた。
「えッ!?ママ…なの?」
 扉の方をぼんやりとしか見ていなかったアスカは、その姿を見て仰天した。
「いつの間に、そんな弱虫になったの?ダメじゃない」
 髪を黒に戻し服を落ち着いたものに変え、カラーコンタクトをしたリツコは当然のごとく存在感で現れる事でアスカの記憶の隙間に完全に入り込む事に成功した。
「違うの、その、寂しくて…でも、もう平気。ママが来てくれたもの」
 目の前の女性を亡き母−惣流・キョウコ・ツェッペリンと信じたアスカは頑なな態度を崩してフトンから出ると笑顔を作って見せた。
「何言ってるの、私なんか…ゲヒルンの頃からアスカのエヴァの為に休みを返上する事も多かったのよ。あなたは、日本で自由な時間も増えた筈じゃない。もしかして、ホームシックなの?」
「ごめんなさい、ママが来てくれなかったら…後遺症に負けてたかもしれないわ。これからは、もっと…訓練に熱を入れるわ。だから、ずっといてくれるでしょ?」
「そうね、病院にいた頃は電話でしか話せなかったけど…これからは、こうして抱きしめてあげれるわね。でも、私は弐号機の保守管理と改良の為にネルフ本部に呼ばれたんだから、アスカもなまけちゃダメよ」
 リツコは子供らしく抱きついてきた少女に対し、さっそくアスカの再戦力化のシナリオを進める。
「あたしね、日本に着いてからの事は忘れちゃったけど…エヴァとママの事は忘れなかったのよ」
「偉いわ、でも…他の事もちゃんと受け止めないと、訓練や任務にも影響が出るわ。例えば、この部屋の人達がすべてネルフの一員だって事、知ってた?シンジ君は碇司令の御子息だし、レイは人造人間で…メイドのミサトだって…実は作戦部長なのよ。みんなアスカに配慮した振舞いをしていたのよ。気を取りなおして、みんなの所に行きましょ」
「じゃあ、みんなには…無礼を詫びなくてはいけないわ。これからは…ママみたいに聡明かつ上品で、それでいて芯が強くて最後まで困難に負けない女性になるわ」
 頭を撫でられてすっかり上機嫌のアスカは、日本の誰にも見せた事のない従順さを発揮し、それが同じ科学者でも既婚者でしかも子持ちの人物に成りきるのに心の何処かで不安を感じていたリツコにも自信を与え、一時の間だけの娘を持つ親として導く手も軽やかにさせた。

−To be continued−

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