《アスカ、復活?・参》

全年齢
Written by 瑞雲





「ねえ、どうして八百屋のおじさんが…あたしの状態の事を知ってたの?」
 アスカは華やいだ表情で果肉をスプーンですくいながら年頃の少女にふさわしい会話を同僚と交わす。お気に入りのワンピースを着た彼女は、楽しそうに彼が残した写真付き名刺を指で玩ぶ。
「そりゃ、アスカはこの街に必要な人物だし…ある程度、面識があるからやっぱり気になるんだよ」
「あの人は女性にマメだし、なんか独自の情報網を持っていたり…おまけに最後は自分の目で確認しないと気が済まないみたいなの。顔や職業が変わっても、スパイ根性は変わらないのよ。結局、崇高な理念を解しない根無し草なんだわ」
「レイ、自分がフルーツ嫌いだからって悪口言わないの」
 ミサトは現在の加持の正体を知っていて批難するレイを制す。確かに三重スパイの存在はネルフの一員として許せないものの、かつて想いを寄せていたのも事実だが、加持について触れるのは不安定な状態のアスカに加持が公には死亡していて世間的には存在しないとは言えないと思った。
「スパイ、か…そう言えば加持さんどうしてるかしら」
「アスカったら、変な心配しないの。加持さんはこうしている間にも世界を飛び回ってる筈よ。だから、アスカも裏方の人の努力を忘れてはダメよ」
「はい、ママ。でも、この人…」
 母親役の言葉にきちんと従いながらも、アスカは名刺に刷られた元加持リョウジ−大井リョウイチの写真をじっと眺めていた。
「…何?」
 リツコを含む一同は子供の無垢さを発揮する少女の危うい勘繰りのせいでメロンの種を飲み込みそうになったり、無意識の間にスプーンの先で皮をつきやぶったりして露骨にうろたえた。
「イイ男ね…アスカ、胸がときめきそう。そうだ、シンジさんは好きな娘とかいるんですか?」
 一同の動揺をよそにアスカは純粋な一面を示す。あいかわらずレイには話を振らないが以前の嫌悪感とは違い、『厳しいし、怖い人だから』と受けとっている為だった。
「そんな…考えた事もないよ。僕は音楽を聞いたり、昔みたいにチェロを弾くことが出来たら幸せなんだ」
 シンジはかつてアスカやレイに想いをいだいた事もあったが、今はまるで状況が変わりうかつな答はアスカに悪影響を与えると思い、小市民的な意見で追及から逃れる。
「シンジさんって、優雅な人だったんですね。日本人って、みんな勤勉な反面…破滅的な部分を持っていると思ってたんですけど、ちゃんとバランスが取れてたんですね。そう言えば、ミサト少佐は仕事以外にどんな…」
「アスカっ…」
「そうね、正直言って生きがいと呼べるものはなかったわ。父は高名な科学者だったけど、ロクに家にも戻らなくて母や私をほったらかしにしたわ。それで、一時は恨んだ事もあったけど、南極でインパクトの予知やかつて使徒だったものを調査・研究している時、ついにインパクトが起きてこの世を去ったわ。それから、大人になった私は使徒に復讐する為にネルフに入ったの。でも、機会が訪れる事は稀で…戦闘の時以外は生きている気がしなくてスピードの世界に飲み込まれたりアルコールに逃避する事が多かったわ。でも、最近ある人のおかげで人生の謎が解けて前向きに生きる事ができそうなの」
 インパクトを経験した世代は人生について語る時、どこかおどけたりシニカルになったりするが、彼女は気さくにサラっと答え、包み隠さずに語ったのはアスカとシンジにメッセージを伝える為だった。
「そうね…お酒は適度な量の場合、明日への活力になるのよ。いいかしら、ミサト」
 リツコは友人の人生については有る程度知っていたので今更感動する事はなく、演技の為にタバコが吸えないのが辛い一心でビールで苛立ちを発散させようと思った。
「私は…ここに来てから精神疲労が多いので、しばらく…向こうの部屋で休んできます」
 レイは自分に居場所がないと悟り、仮眠を取る為に奥の部屋に向かった。
「お薬あげなくていいの?ママ」
「心配いらないわ、あの子は男の上官の方が好きなの。それより、ビールでもない?悪いわね、ミサト」
 アスカよりレイとの方が親子に近い関係の科学者は、友人の注ぐビールを満足げに眺めると、学生時代のようにそれを酌み交わす。
「シンジさんって、どんな曲が好きですか?」
「そうだね、シュトラウスとかショパンかな」
「明るくてやさしい曲が好きなんですね。でも、オーストリアやポーランド…ドイツは?ドイツ…」
 アスカは作曲家の国籍を思い出しながら祖国の伝統や芸術に思いを馳せ、テーブルの一点を見つめているとやがて並んでいる缶が目に入り、大学時代の食生活がなつかしくなった。
「あの…自分でも、優柔不断なのはよくないと思うんだけど、その…クラッシックってのは奥が深くて、まだまだ分からないんだな」
 シンジはアスカが途端に黙り込んでしまったのでトラウマに回帰したり自分が批難されるかもしれないと不安になりフォローする。
「ママ、あたしも飲む」
 しばらく泡の飲料を見つめていたアスカは意を決して口を開く。
「日本では子供がお酒を飲んじゃいけないけど、いいわ。でも、大人としてふるまいたいなら、ママに約束して。任務ではベストを尽くし、常に仲間と結束を忘れず、昔の辛い事を思い出しても絶対くじけないって」
 リツコは大人の指導力と母親の情を織り交ぜ、巧みに要求を突き付けた。
「約束するわ、ママ。ゲルマン民族の意地と大和魂にかけて人類の存亡のかかった決戦を勝利に導くわ」
「立派だわ、アスカ。こんなに勇気ある部下を持てて、私は世界一幸せな作戦部長だわ。折角だから、みんなもこの言葉を肝に命じて。奇跡を待つより捨て身の努力よ。どうせ死ぬなら、戦って死にましょう。後世の汚点にならないように…」
「私はこれまで科学こそがすべてに勝ると信じていたけど、こうして娘と再会できた事で、愛と生きる事のすばらしさを自覚できたわ。科学者には、戦いの知識はないけれど…人類最後の砦−ネルフの一員として科学の象徴であり人々の希望であるエヴァをより確実なものにする為日夜研究に励み、使徒を解析して奴らの弱点を見つけて前線のみんなに福音を伝える為、クールに行くわ」
「キョウコさんの演説も見事よ、最後は本部最高司令の御子息にして三国一のチルドレンである碇シンジ君に締め括ってもらって乾杯しましょ」
「僕は最近までずっと悩んでいた…戦う目的についてだ。男だから、勇んで使徒に肉薄するのか?褒められたいから、必死で襲いかかるのか?戦いにも馴れ、仲間がいる事で恐怖にも打ち勝ち、それなりに活躍もできた。でも、本当は僕は無力なんじゃないのかと思うんだ。いざという時に機転がきかなくて、何度も綾波を危険な目に合わせ…友人をも戦いに引き込むことになり、彼を救う事が出来なくて…あんなに元気だった彼が今じゃ一人で起き上がる事が出来なくて、見舞いに行こうと病院の廊下で彼の恋人とすれ違った時の彼女の怒りと悲しみに満ちた表情が脳裏に焼き付いていて…僕は彼女まで不幸にしてしまった。結局、僕がしてきた事を分かってもらえなかったんだと思うよ…もし、街の人たちもそうだったら…この戦争もネルフの計画も…ぃたッ!!」
「その程度の洞察力で人類補完計画について意見しようなんて、百年早いわ。何か、寝つけなくて通りかかったら…この未熟者!あの二人が不幸なんて真っ赤なウソよ。私がリハビリの経過を確認しようと通い始めた頃は松葉杖で殴られたり果物ナイフで刺されそうになったけど、鈴原のヤツ…複合材の義足が届いたその日の内にサッカーまでする始末だし、ヒカリとの仲も進展して私の前でも堂々とネッキングするし…シンジが見たせつない顔つきはアソコがじんじんしてたからよ。おまけに脚は蟹股になってるのよ、まったく二人とも限度って言葉を知らない…しょうがないガキどもだわ」
「何だよ、綾波…殴りにきたのかよ」
 シンジはいきなり現れて後頭部を殴ってきた少女に抗議した。
「殴るのはアスカちゃんの役目だったわね。寝つけないから何か飲もうと思って、近くを通りかかっただけよ。あ…こんな所にちょうどいい具合にジョッキが…」
「おい、それは僕の…」
「ぷはーっ、冷める前に一気…インパクトの後の日本では常識じゃない。ほら、注いでよシンジ。あんなにヨイショされてたのに、場をシラけさせようとした罰よ。せいぜい、飲みながらグチったらいいんじゃない?ここまで進化した私がいるんだから、大船に乗ったつもりでいなさいよ…」
 レイはミサトより見事な飲みっぷりを披露するとよろめきながら寝室に向かった。
「なんて乱暴なの!どうしてシンジさんを殴らなきゃいけないの?」
「いいんだ、アスカ。今日はつい、彼女に手を上げてしまったから…仕返しされちゃったんだよ。でも、目がさめたよ…みんな自分の力で生き抜いているんだ。僕も出来る限りの事をしてみんなを守る…もちろん、チームワークも忘れないよ。僕らの結束は固い…強敵に出会っても二人のユニゾンでやっつけてみせるさ…忘れてたよ、綾波とも…協力するさ。まあ、一応東洋人だし…父親も敬う事にするよ。たとえ意固地で頑固者で横柄で分らず屋でも努力しようじゃないか。勝てば、きっといい事があるさ。平和が訪れれば…いずれトウジやケンスケもこの街に帰ってくるさ。マユミは知らない場所だろうけど。ネルフが人々に称えられ…いつか僕らの顔が、お札に乗る日の為に乾杯!!」
 シンジは始めて飲むビールと乾杯の音頭を取るのに緊張していたが、はからずもレイに喝を入れられたので決意がまとまり、少年はポジティブに演説を締め括った。


「ねえ、ネルフが大変なのにどうしてコスプレなんかにハマってるのよ。もしかして、シンジくんに媚びてる訳?」
「一元的な見方ね、キョウコさん。彼は私を補完に導いてくれた恩人だし…今や、恋の予感さえあるの」
「まあ、出先で酔っ払っても…帰る時におぶっては貰えないと思うけど。あんたは家族サービスに余念がないみたいだけど…私は生活委員のマネ事もあって忙しくなる一方よ。最近…ネルフの連中がまるで子供みたいなのよ。子供は生まなくて済みそうだわ」
 学生時代からの友人は久々に杯を交わす割にはそれとなく心境の変化は感じ取っていた二人であった。
「ママ、おかわり!もっと飲みたいの〜」
「ミサトさん、もっとこの部屋を暗くしよう。隣に座って水割りを注いでくれよ」
 ささやかな宴で悪ノリしている子供達は空のジョッキでテーブルを鳴らしたり、オヤジのごとき要求を訴えたりした。
「何て、お行儀が悪いの!アスカ…シンジくん、酔いすぎよ。ネルフの食料費はそんな事をするためにあるんじゃないわ」
 リツコはクセの悪い子供を注意するとすぐ二人から目をそらした。
「アスカ、なんだかここに居辛いな。風に当たりにでも行こうか」
「行くわ、シンジさん」
 上がりすぎたテンションに水を差された子供達はすごすごと退散する事にした。
「もしもし、司令?赤木博士のシナリオは順調の様子ですが…まだまだ戦線復帰の確認さえ行われない様子で…ヒック、これではただの家族サービス…」
『レイ、焦っていかん。必要なムダというのも存在するものだ』
「それでは、もうしばらく…博士の茶番に期待しろと?私にもチャンスをください…ヒック、私はここに来る前に使徒を倒したんです。怪しいホモっぽい少年の身なりをしていたんですけど、チルドレンに等しい能力を持ち、ゼーレの使いでターミナルドグマに用があるので案内しろと言われたので…ピンときてヒック、先制攻撃を加え…もちろん、私の強化された爪と犬歯に勝てる筈ありませんでしたけど…ヤツは死ぬ間際に負け惜しみを言いました『生き残るはどちらかだけなのだ』とかいってました」
『酔ってるだろ、レイ…そんなに私を驚かせたいのか?早くこの縄をほどけ、冬月。おい、青葉…どうしてこの縄を切るのにそんなナイフがいるんだ?やめろ、なんだその目つきは…普通に切れと言ってるんだ!クソッ、赤木のせいだ。ネルフのメンバーって…おかしな連中ばかりだったんだな。さんざんだぜ…ユイ』
「本当なんだけどな〜、褒めるヒマもない訳?」
 レイはリツコが強引にネルフの混乱を収拾した方法を知るはずもなく、不満タラタラで通話を終えた。


「シンジさん、前にも二人でここでこうした事あるでしょ?」
「へぇ〜最近の事はかなり思い出してきてるんだね、それならそろそろ学校に行ってみるかい?毎日家の中だけじゃ退屈だろ」
「ええ、戦闘の事は眠っている時に映像になってほとんど記憶が蘇ったんですけど、日常生活はまるでダメなんです。だから、実際にいろんな光景を見ることでもっと取り戻せたらと思って…」
 室内から隔絶された子供達は頭が冷やされた事でようやく思考が目を覚まし始める。
「じゃあ、決まりだね。最近は午前中だけで終わりだから、学校も楽だと思うよ。外は暑いけど除々に思い出の場所とか案内するから街にも慣れようね」
「私、手掛りを見つけるように努力するわ。でも…」
「でも?」
「学校って…綾波さんとも同じでしょ?少し怖い気がするわ…シンジさんってアスカと綾波さんではどっちがタイプ?」
「おえっ、うえぇぇぇ…」
 シンジは急に胸にむかつきを覚えると、そのままベランダの片隅で嘔吐した。
「あの…大丈夫?」
「もう平気さ、それより…質問って何だっけ?」
「その…昔の私って…どんなのだったのかなって、思って…」
 アスカは最も気になっていた疑問は恥ずかしさのあまり再び聞けなかったので、もうひとつの不安について切り出した。
「どんなって…エヴァの操縦でもそうだけど常に絶対の自信を持っていて、むしろ思いあがりがきついと言え、人間関係では…そうだね、僕の友達の間では悪い印象しかなかったね…いきなり暴力だもんね。綾波に対しても普段からかなりつらくあたってたな…綾波…時々一人で泣いていたな。ミサトさんは弐号機が指揮下に入ってからお酒の量が前より…僕は全然平気なんだ、別に…本当さ、昼休みにパンを買いに行かされても、シャンプーを返品に行くように言われても、物を投げつけられたりいきなりワルサーをつきつけられたって…アスカはドイツからのお客さんで大事な助っ人なんだって父さんにきつく言われてたしね…全然問題ないさ。むしろ、褒めるべき所の方が…まず元気だし……他にもいろいろあるんだ…ただ、今すぐは思い出せなくて…ごめん、今度までには…」
 シンジはアスカが真面目に尋ねてくるので記憶中枢を総動員して公平な評価で答えようとするが、少年は営業マンでも弁護士でもないのでその場に相応しい回答を述べれなかった。
「そんなの…いやあぁ!」
「なっ!!…どっ、どうして泣くのさ?」
 泣き出す少女を前に少年は彼女を抱き止めるのが精一杯だった。
「だって、そんなのじゃみんなが許してくれないもん…本部の人に嫌われちゃう…少佐やママにだって叱られるわ…。アスカ、絶対いじめられるよ…自己批判なんて耐えられない。助けてっ!シンジさん…もし、次エヴァに乗れなかったら捨てられる…お願い、ヒトが怖いの…アスカを守って!離さないでッ」
 身体的な回復以来、周囲の愛情と静かな環境のおかげでようやく精神状態も安定し、不完全だが天使のように穏やかで優しい娘もかつての年齢不相応に虚栄心と選民思想で汚れきった自我と向い合わされた事で大きく精神が揺らぎ、再び退行が始まり彼女の精神は危機状態に陥る。
「ミサトさんッ!!アスカがっ…」
 シンジはかつてのようにアスカが救えないと悟ると、懸命に助けを求める。
「何〜?アスカったら泣き上戸なの〜?それとも、シンちゃんが泣かせたのかな〜?い〜けないんだ〜。浮気なんかしたら、コスプレしてあげないんだから〜」
 すでに演じる必要のない保護者はすっかり酔いが回った様子でシンジにもまともに取り合わなかった。
「嫌ね、安物のビールって…悪酔いのせいで思いもしない事を…。まるで私が一番かわいそうな子みたいに…変なの。この家で、もっと辛い状況におかれている人もいるのに…手遅れになっちゃうわ」
 アスカは先ほどの混乱が嘘であったかのように無感情な口調でつぶやいた。
「何?」
「何なの?」
 二人は彼女の反応にまるで要領を得なかったが、一呼吸すると少女が予想した通りに台所から悲鳴が聞こえる。
「とりあえず…行くわ」
「アスカ、よく気がついたね。でも、どうして…綾波が?」
「決まってるわ、悲惨な状態だから驚くのよ。忘れ去られた者の慟哭…この家の中で聞こえないの?」
「誰の事さ?」
「まだ…思い出せない。けど、急がないと危なくなるわ」
「わかったよ、すぐ行こう」
 シンジは冷静な少女が取り乱す程の事態だからただ事ではないと直感し、アスカの観通す力を信じると彼女を連れて部屋に戻った。
「大変よ、まるでフリーズドライだわ!」
「なんて惨いの!?自宅療養の皺寄せがこんな動物にまで…」
 レイが偶然発見したミサトのペットは瞬間冷凍室に長時間押し込められていたので活動停止状態にあったが、体内の水分も底をつく寸前だったので非常に危険な状態に陥っていた。
「ほら、驚いている暇があったら早くお湯を用意するのよ!ペンペンを救いたくないの?」
「博士、これくらいで…いいの?」
「すごい、みるみるペンペンが戻っていくわ」
「ペンペン…南極…セカンドインパクト…使徒…アラエル…あの屈辱は忘れないわ…忘れない?思い出す…、記憶が戻ったわ!シンジさん、戻ったわ」
 アスカは遠目から生気が蘇る生き物を眺めていると胸中に様々な事象が巡り、見えなかった現実も蘇り意識の封印も完全に解け、かつての自分を取り戻した。
「ミサトさん、アスカも戻ったんだ!」
 シンジはよい知らせを伝えると紙吹雪を撒き散らした。
「どこがどう補完されてるの?周りと向き合うのが怖くて、真面目を装って取り繕ってるだけじゃないと証明できる?」
「あなた、感じが悪いわ。もう治ったのに、どうして仲良くしてくれないの?三人目は問題がないと言い切れる?」
「来日初日と同じ光景だわ、あの時のアスカと同じ」
「精神状態がどうであれ、まだ若いのだから自己修復できて当然よ。後はレイね」
 再びいつものような光景を目にした二人は安心して胸をなでおろす。
「みんな、アスカは成長もしてるよ!死にかけていたペンペンが今や嬉々とした表情で彼女の膝の上に…博愛精神と礼儀正しさ、こんな娘に逢いたかった…」
「シンジさんっ、どうしてペンペンをあんな場所に放置したの!なくしていい命は無いわ!シェスター、ナンシー…そしてママ…別れは悲しい事なのよ」
「アスカ、つい世話が億劫になって冷やしすぎたんだ。君が目を覚ました時に思い出すべきだった…」
シンジはアスカの厳しさも目にすると素直に反省する。
「分かればいいのよ、強くなれば簡単だわ。私なんか試練を乗り越えて予見の力を身につけたの」
 アスカは慈悲や品格だけでなく特別能力にも目覚めたが、鼻にかける癖はそのままだった。
「本当に先が読めるのかい?じゃあ次の使徒はどんなかな」
 少年は楽しそうに笑う少女に素朴な質問をぶつけた。
「そうね、限りなくヒトに近いわ。警戒せずに放置しておくとドクマまで入ってくるわ」
「私がこの間倒したのよ、素手でやっつけたわ」
 二人に強引に入りこんだレイは自慢げに話し出した。
「えっ、タブリスを倒したの!?」
 リツコはしばらく会話を静観していたが、意外な所から齎された発言に驚きを隠せなかった。彼女はネルフの中で最も使徒の能力と進化について知る人物であり、アスカの予見について懐疑的だったがレイの発言で俄かに現実味を帯びたものになってきたので無視できなかった。三人目のレイは搭乗時意外でも戦闘力が強化されていたので、タブリスに白兵戦を挑めば勝てる事を最も理解しているのも彼女自身だった。
「ねえ、ミサト。最後の使徒がいなくなったのならエヴァで戦う必要もないわね」
「ん〜、それならチルドレンの役目も変わっちゃうね。老人たちを牽制したり、戦自がN2爆弾であけた穴を埋める位しか仕事がないね」
 ミサトが残念そうな表情をすると、シンジは現実路線をリツコに発表する。
「私…手足を延長し、適当なIDを手に入れて…ネルフに敵対する組織に潜入する事にするわ」
 レイはチルドレンとしてエヴァで戦う機会が減る事を察知すると、自分なりに体を改造し工作員としてネルフに貢献する事を提案する。
「そうね…戦いが生きがいのあなたには、魅力的な任務ね。でも、私…今、司令と仲が悪いから直接頼むといいわ。一部では利害が一致するから…いいんじゃない」
 リツコは冷静に分析するが、レイが大人の体になる事は彼女だけでなく、思わぬ形でゲンドウも補完されるんじゃないかと感じた。
「ねえ、リツコ…二人で基礎研究をして一ヤマ当てない?私を養女にしたら、ただで助手が手に入って研究人生もうまくいくわよ。シンジさん、ヒマな時は穴埋め手伝わせてね。家ではお料理を担当しますから、ペンペンちゃんのお世話をお願いします」
「本当に頭のいい子だわ…生きるのが上手ね」
クールな科学者も復活したアスカが提案が巧妙だが魅力的なのには関心したが、それが自らの演技に起因するものとは思いも寄らなかった。
「すべて、世はこともなし…だねっ!」
 シンジは戦いや雑事から解放された事を心から喜んだ。
「シンちゃんに、お願いがあります」
 少年の保護者は意を決し、抱いていた思いを打ち明けようとする。
「いいよ、ミサトさんも変わるべきだ」
「碇司令に私のパパになってもらいたいの」
「別に依存は無いよ。父さんは母さんが一番だから、愛人ならきっとなれると思うよ」
 ミサトの言葉はシンジの予想の範囲内と思えたので別に困惑する様子は見せなかった。少年は、保護者がけむたい父親の元に向えば、彼女の干渉から逃れ人間の出来たルームメイトと快適に暮らせると感じた。
「違うわ、シンジくんと結婚するの。だから、碇司令とは義理の親子になるの」
「むっ…どうして、そうなんだ。君の親父さんは一人だけだ、資料を見てすべてを知っただろ…素直に受け入れるんだ」
 シンジは不可解な執着心を見せる保護者に説得を試みた。
「仕事が無い時期にも妻や娘の元に帰らず、シドニーで二重生活をしていたような人は私の…父さんじゃありませんッ!!」
 ミサトは父親の闇の部分を知ったからこそ、自分の望む方法でケリをつける事にした。
「ああぁ…これの中身は黄金なんだぞ。粗末にするとバチが当たるぞ…」
 シンジは彼女が感情にまかせて自ら引き千切ったペンダントを拾いに走る。
「そんな物あげるわ、だから私ももらって!好きにしていいのよ、家では毎日はだかエプロンになるわ」
「離せ、そんな傷物なんか…いらないよッ!僕はアスカの件を父さんの元に報告に行かなきゃ…きっと、しばらく戻れないな」
 屈んだ瞬間にミサトに抱きつかれるシンジだが、若さとくしくも彼女に鍛えられた敏捷性を生かして逃れると当分この場から逃れようと決心する。
「うれしいわ、シンジさん!アスカを正式にお父様に紹介してくださるの?」
 玄関までの直線に差し掛かった少年に少女がしがみつく。
「シンちゃんッ!お腹の傷消してくるから、私とえっちしてッ!!」
 動きを封じられたシンジに再びミサトが腕を絡めた。
「ああぁ…僕のもうひとつの世界がっ」
 シンジは疲労と二人の女の芳香と吐息で遠のく意識の中で、間近で聞こえる二人の勢いある衣擦れの音が自らのシナリオが崩れる音とダブった。
「シンジくん、二人とも落すなんて…すごいわね」
「あの碇司令の息子だから…造作もない事なのよ。これもシンジ君の可能性だわ」
 レイとリツコは邪魔しては悪いと思い、シンジが気づかない間に退出していた。
「うまくコミニュケーションを取っていかないと、ラブコメになちゃうわね」
「別にいいじゃない、今度会ったらおめでとうって言ってあげるのよ。それが決まりだから」
「世界の中心とはいかなくても、せめて表通りでアイが叫べたらって思わない?」
 芦ノ湖の湖畔に移った二人は世の中案外なるようになるものだと思った。

−FIN−

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