《アスカ、復活?・壱》

全年齢
Written by 瑞雲





 惣流・アスカ・ラングレーはエヴァンゲリオン弐号機専属搭乗者で、来日以来果敢な戦法で使徒との戦闘で活躍していたが、出現と共に進化する使徒に苦戦を強いられ、第十四使徒の力技に敗れ、それ以来内面の脆弱な部分が影を落とし、無理に出撃するが第十五使徒の精神攻撃が彼女に強烈なダメージを与え、戦闘が終わる頃にはエヴァとシンクロ不能となり、母親と同じく精神汚染をきたし自己崩壊した。以来、ネルフの施設内の病院に収容されたが様態は一向に改善の気配はなく、業を煮やした上官の葛城ミサトは自宅療養を強行した。しかし、彼女も元恋人の死をきっかけに半生をかけて真実を解明する事を再開し、なりふりかまわず謎の究明に躍起になっていたので到底アスカを看病する時間は存在しなかった。
「君が壊れる前にむやみにぶっ放したから街はめちゃくちゃで、ネルフの評判は最悪だよ。おかげで出前さえ持ってきてくれないよ…まあ、君はこれだけでいいから、関係ないだろうけど…」
 短縮授業しか行われない学校から戻ったシンジは、今や日課となったアスカの介護に取り掛かる。保護者のいない家で無口で微動だにしない少女に愚痴をこぼす。かつては気位が高く専横で付き合いを遠慮したい程だったが時を経るごとに律儀で女らしい一面を見せ始め、ようやく関係が和んだ矢先の事で少年にも喪失感を与え、患者の様態改善には笑顔で触れ合う事が良いと聞いていたが、人類の苦戦をあざ笑うような暑さが物言わぬ少女の肉体を汗ばみ不快な臭いのするものへと変え、残された適任者の憂鬱さを増幅させた。彼女は体力的には何の問題もないが、呼吸や瞬きを除く能動的な行動が取れない状態なので当然咀嚼もかなうはずもなく栄養分は点滴で補給され、シンジが指摘する通り食事の心配はなかったが、シンジ自身は店屋物も取れない現状だし彼が保護者に変わって行う治療も普段通り話しかけたり彼女の日課である身体の手入れなどを代わりに行ったり飽くまで若い心身の回復力に頼るもので、無気力に圧されそうな少年の手で予定の時間には糖分と塩分の補給バランスを考えて彼女の腕に繋がったチューブに新しいリンゲルのパックが繋がれる。
「なあ、そろそろ元に戻ってくれないかな?でないと、こっちがもたないよ。アスカもこのままだと絶対太っちゃうよ」
 シンジはリストアップされたアスカの日課を思い出す。美容と地肌をプラグスーツに馴染みやすくする為に脛や脇に育毛を抑える効果があるターメリックを塗ったり爪を切るだけでなく表面を磨いでつやを出す事や余分な眉毛を抜いたりカットしたりビタミン剤を飲む事だったが、彼女を安定して管理するには床ずれを防ぐ為に姿勢を変えたり生理の周期をずらす手筈や体温や脳波をチェックする必要もあり、少年には荷が重いように思えたが、何もしないで朝起きると彼女の息が止まり体が冷たくなっていたり暴走して脱走したのが元で事故にまきこまれたりしないか心配し続けるほうが彼には辛かった。しかし、すべてを滞りなく行うには少年では役不足であり、うっかり忘れる時もあった。
「耳掃除だけは勘弁してよ、危なくて怖いんだ。それより痛いのは分かるのかい?普段は傷つけたら死ぬほど怒るけど…あ!」
 アスカが寝るベッドの側に置かれた椅子に座り、点滴が針を通して体内に入るまでの速度が一旦落される透明な継手の中で水滴が規則正しく落ちる様を眺めていると。忘れかけていた日課を思い出す。ビタミン剤を飲ます代わりに注射器でビタミンのアンプルを注入する必要があるが、同じ所にばかり打つとその部分の皮膚が堅くなるし、うまく針を刺さないと液が皮膚の下で滞留してアザみたいにもなってしまうので打つ場所を検討しなくてはならず、腕にはすでに一本針が打たれているし、皮膚が柔らかい箇所だと楽だが仮にも女性の体なので注意が必要であったが、目立たない場所を検討し普段だとかなり痛いであろう指の間に定めると少年は意を決し、注射針を刺して透明なピストンの中から液体がなくなるまでそれを押した。シンジは何度やってもこの瞬間が好きになれなかった。医療行為とは言え相手に緊張と痛みをあたえる処置は不本意だし、すぐ終わらせたいと思い、無茶な角度にもかかわらず無理して急いだので少し皮膚の下で針が動きながらもドリンク剤に似た黄色がかった液体はすべて注入されたのでそのまま針を引き抜く。
「ちょっと!何すんのよ!!」
 アスカはすぐさま側にいた少年を平手打ちにした。
「何だよ、いきなり…」
 感覚はほぼ同時に迫ってくるが、その異変には少年はすぐに対応できない。
「いきなりじゃないわよ、人に拷問みたいなマネしておいて」
 ベッドから身を起こした少女は至極当然で、処置がヘタな相手を非難した。
「アスカ、ついに元に戻ったの?どこか変じゃない?」
 シンジは一瞬迷ったが、何とか事実を認識し、懸命に対処する。
「ケガはしてないみたいだけど、少し体力が低下してるみたい。変なのはあんたじゃない…いつ髪の色変えたの?シェスター」
「えっ!?」
 シンジは目の前の少女が『バカシンジ』とか『無敵のシンジ様』と呼んでも不愉快な気はしても驚かないが、予想だにしない反応に思わず目の色が変わる。
 アスカが文句を言い連ねるが、シンジは驚きの後しばらく呆然としていたが少し離れた場所での音−ミサトの帰宅を知らせるドアが開き彼女が入室した兆しを確認するとすぐに玄関に飛んでいった。
「何なのよ、簡潔に話しなさい」
「アスカが…戻ったんだ」
「何が戻ったのよ、光に対する反応?呼びかけに答えたの?」
 ミサトは靴を脱ぎながら適当に言い返した。
「反応って…怒鳴った後ぶってきて、ずっと文句を…」
「だから、何をしたのよ」
「何って…またに注射したら痛がって、意識が戻ったみたいで…」
「シンちゃん、あんたって子は…人がいない間に悪戯したのね、抵抗できない娘に乱暴するなんて!」
 少年の保護者の表情が一瞬にして変わっていく。
「何するのさ、誤解だよ。またって指の間だよ、針を打つ場所がなかったんだ」
 シンジは激昴するミサトに首をしめられながも、必死に状況を訴えた。
「そんなのいくらでもあるじゃない、足とかおしりとか」
「そっちの方がアブナイよ!フェチだと思われるじゃないか」
「それより、何が問題なの?」
「僕の事、ちゃんと覚えてないみたいなんだ。僕を日本人と思ってないみたいだし…名前なんか最初の一文字しか合ってないし、やっぱり脳がダメになっちゃったのかな、サイコやパラノイアとか…」
 少年は要領を得ない保護者になんとか様態を伝えた。
「きっと、本能的にトラウマになる記憶を封印してる状態だわ。おそらくまだ日本に来る前のアスカなのよ。ここは徒に経緯を伝えて再発の危険を招くより、合わせるフリをして自然に回復を待つのよ」
 ミサトは報告を元に、これからの方針を決定する。
「シェスター、ここどこなの?誰か来てるの」
「シンちゃんは今、大学時代の友達の一人と認識されてるのよ。アスカの為にもちゃんとなりきるのよ、いい?資料なら、私の机の引き出しの中にディスクが入ってるから…」
「僕が昔の友達なら、ミサトさんはアスカの中には存在しないんだね。だったらいい役があるよ。この部屋のハウスキーパーってのはどう?早速だけどご飯がまだだから買い物に行ってよ。それらしいエプロンがあるから、戻ったらつけてね」
 シンジは怠慢な保護者に命令されっぱなしでなく、自身の要求も突きつけて日頃の不満を晴らした。


「何々、ドイツと日系のハーフで、セカンドチルドレンと並ぶ知能を持つ少年…同じ大学に在籍し、日本への造詣が特に深く言語・習慣の習熟度では彼女を遥かに凌ぐ。年齢も近い事から語学教育の際はよきライバルで数少ない友人の一人…天才児にしてはプライドや名誉に固執する事なく、楽天的で常に前向きで人当たりもよい子供の無邪気さと大人の社交性を併せ持つ性格…なれるかな?こんな人に」
 アスカにシャワーを浴びさせている間にシンジは、ミサトの部屋で彼女のデッキを無断で使ってセカンドチルドレン関係の資料の入ったメガディスクを閲覧し、問題の人物と自己を比較するが、人相以外はあまりにかけ離れているので困惑していた。
「シェスター、あがったんだけど、ちょっといい?」
「どうしたのさ?…いや、何だよ」
 洗面所から呼ばれたシンジは資料をすべて眼を通せた訳ではないが、意を決して気さくな天才児のそぶりで少女を迎えに行く。
「どうしても、うまく着れないのよ。キモノって苦手みたい、ちょっと手伝って」
 アスカは起き出してしばらくは病院で支給された素肌のまま着る割烹着みたいな服だったが、着替えはあらかじめ用意されていた"アスカ復帰セット"の白地に目に優しい色−緑でネルフのロゴが散りばめられた旅館で貸される物と同じ生地の浴衣を着ようとしたが、民族衣装の紹介で見たことはあったものの実際に着るのは始めてなのでうまくいかず、やむなく助けを求めた。
「いや、その…どうしてハダカで…そう、帯はこうなんだ」
 シンジはアスカの当然のような態度と彼女の瑞々しさの戻った肉体やシャンプーの香りが残る髪などにドキドキしながらも、結構スキの多い服を羽織らせ、なんとか腰のくびれに帯を巻き付けて結び終わる際にキュっと締める際に彼女のウエストや背筋が反射的に若干反るのを布ごしに感じると一瞬ゾクっとしたが、無事着つけが終わると少女は何事もなかったように鏡に向かって髪をアップにしているので動揺を抑えきれない少年は思わず胸をなでおろすと先に洗面所から出た。
「やっぱり、シェスターって器用ね…注射はヘタだけど。まだ答聞いてなかったわ、どうして私、寝かされてたの?なんで、いつのまに日本にいるの?」
「確かにここは第三新東京市さ、それぞれ別の用事で日本に来たんだけど…着いてからいろいろこの街はゴタゴタがあって再び僕が君と会った所は避難場所で旅の疲れと重なって体調を崩したみたいだから、一晩眠りこけてたようだね」
「ちょっと、何気取ってんのよ…君とか僕だの、普段は使わないクセに。確かに疲れてたみたいね…ここで起きるまでの事はぜんぜん憶えてないし、半月ほど意識がなかった気がするわ」
「…きっと馴れない土地でナーバスなんだ、きっと。何の縁か、今回はひとつ屋根の下で暮らす事になったんだから…しっかりしろよ」
 ヘアピンとバレッタを駆使して髪を整えたアスカは現状までの経緯を問うが、ついさっきアスカの胸や太ももを見てしまったので、図らずも彼女の顔をまともに見れないシンジはふてくされた様子で突き放した口調でしか答えれなかった。
「あんたって昔からそうね、ソフトでドライ…でも、日本の事はあんたの方が詳しいから、信じてあげるわ」
「き、機嫌直せよ…俺だってアスカの世話で疲れたんだ。大体…あ、使いが戻ったみたいだ」
 シンジはようやく会話のテンポが日常のものに戻った事に安心したのもつかの間、ミサトが買い出しから戻ったのを確認する。
「随分、人をコキ使うのね…北上くん」
 ミサトはいつもの黒いノースリーブのミニワンピースに赤いジャケットにスカートより長いフリルのついた白いエプロンとカチューシャをして両手に買い物袋を持ちながら、シンジと目を合わせることなく皮肉を述べた。
「紹介するよ、彼女がこの部屋の家事全般を担当する…メイドのミサトだよ」
 居間に不可解な緊張が走る前に、シンジはアスカに振った。
「この国は、随分雇用が安定してるみたいね。私が大学を現役で卒業し、今はネルフドイツ支部所属の惣流・アスカ・ラングレーよ」
 アスカは座布団の上に正座すると、自尊心を満足させる自己紹介をした。
「何してんだよ、アスカは起きてから何も食べてないんだぞ、早く料理しろよ」
 シンジは自分が密かに用意していた服を着ている保護者が立腹しているのが分かった為、なんとかそれらしい事を言って目の前から遠ざける事にした。


「これが、ヤキソバね。よく海の側とかで食べるんでしょ?」
 アスカは箸の扱いは体が覚えてるらしく、何気なく和食に馴染んでいた。
「はははっ、それは海の家で売ってる分さ。場所は関係ないさ、昼食のポピュラーなメニューのひとつだよ」
 シンジはミサトが凝った料理をすると必ず失敗するのを知っていたので、簡単なメニューを頼んだかいあって安心したものの、わざわざ味わって食べる気分ではなかった。
「北上くん、ちょっといいかしら」
「わっ、なんだよ!」
 シンジはミサトによって強制的にアスカのいない場所に連れて行かれる。


「どうして、私がお手伝いさんの役なのよ!調子に乗るんじゃないわよ、自分がアスカのボーイフレンド役だからって!第一、何なのよ!この衣装は」
 ミサトは玄関までシンジを連れてくると、すぐに不満をぶつけた。あまりに保護者としての立場をないがしろにされた事への怒りだった。
「そうだね、黒いワンピースがないとバランスが悪いよね…でも予算がなかったんだ」
シンジは自分のフェチの事には一言も振れずに、さらっと文句を受け流す。
「私は作戦部長なのよ!イメクラ嬢じゃないわ。大体、なんで子供に顎で使われなきゃならないのよ。あんな状態のアスカに皮肉まで言われて…」
 始めは怒っていたミサトも、理不尽を通り越して子供のわがままと認識して逆にあきれ返ってしまう。
「何言ってるのさ!今までロクに家に帰らなかったんだから、たまには楽させてくれたっていいじゃないか!ちっともアスカを治そうとしなかったし、どこで何やってたんだ!何が保護者だよ、この嘘つき」
 大人の面目に捕らわれてまともに取り合おうとしない保護者に対し、思わず少年は逆ギレした。
「ふん、子供に何が分かるって言うの?別に遊んでたんじゃないわ、真実を追い求めていたのよ。インパクトを体験した人はみんなそうよ…私は、その為にネルフに入った位よ。今まで、いろんな犠牲を払ってきたわ。それでも、まだまだ分からない事のほうが多いのに…」
 ミサトは始めて少年に、ネルフ入隊の動機を明かした。
「何だ、そんな事の為にわざわざ…壊れかけた街をさまよっていたのかい?それだったら…」
 シンジは大した事ないといいたげに、おどけてみせる。
「いいかげんにしなさい!!子供だからって許さないわよ。自分の父親が生きてるからって…」
 ミサトは理性が振り切れ、少年を突き飛ばして凄みながら詰め寄った。
「その通りさ、父さんは生きてる…そして、僕はいろんな事を知ってしまった。託されたんだよ、『葛城ミサト入隊までの経緯』って名のファイルを…嘘じゃないさ、その証拠にここの事とか…加持さんが生きていて、実は整形して八百屋の店員になってる事とか…会ってきただろ?さっき」
 別段怯える様子もないシンジは冷静な口調で語り掛け、彼女が見せたことのない古傷を服の上からゆっくりさすりながら穏やかな表情で事実の片鱗を伝えた。
「本当なの?シンジくん…その、今まで…少し大人げが無かったわ。もう少し、素直になるわ。ううん、どんな格好だってしてみせるわ。なるわよ、同棲する仲じゃない…」
 ミサトは表情を一変させ、媚っぽい表情で少年に擦り寄る。


「どうしたの?なんでケンカしてるの。やめて、私のせいだったら…今すぐ出て行く!」
 アスカは騒ぎを聞きつけて二人の元に駆け寄ると、かつての強さはないもののけなげに仲裁する。
「アスカが悪い訳ないじゃないか、ずっとここにいていいんだ」
「私が悪かったんです、店に食料があまりなかったんで…ついグチが出てしまって。出て行かれてしまっては、困ります。私がカズマ様に叱られてしまいます」
 二人は必死につくろって、アスカに状況をを悟れられないようにした。
「聞いて、あたし…後片付けは自分でするから」
「ミサトは明日のスケジュールを確認するといい…俺の机の一番下の引き出しにファイルがある。中身は箇条書きにしてあるから、さらっと目を通してあまり驚かないようにな…」
 シンジは理由は分からないものの、急に気を遣い出したアスカを見てそっとしておいた方がいいと思った。
「シンちゃんって…本当に親切ね」
「その呼び名はやめろっ…」
「いいじゃない、シェスター。日本人に憶えやすいあだ名があっても」
「仕方が無い…郷に入ったら郷に従え、だ」
 真実が目の前にあってすっかり熱気にあてられたミサトの不用意さにシンジは焦ったが、当のアスカにはまるでわからなかった。
「なら、シンちゃん…明日は学校だから、そろそろお風呂に入ったらどうかしら?」
 二人はアスカを一人にした方がいいと判断し、それぞれの目的地に向かう。


「アスカ、ここにいたのかい?」
 シンジは風呂から上がり身支度を済ませると居間に向かうが、サッシが開いたままになっていたのでバルコニーにでると少女が夜風に当たっていたのでなにげなくその隣についた。
「あたし…この為にここに来たみたい。この夜景…この国の首都の普段の状態とは絶対違うわ…使徒がやったのよ。だから、チルドレンが派遣された。ここで戦う事になるの…あたしが、エヴァで…」
「なんだって!アスカが…」
 アスカが外部の情報によって多少の隔たりがあるものの、記憶を取り戻しかけている事に驚いたが、ひたすら受けに回っていたシンジは核心に触れるには早いしそれは危険だと感じた。
「あんたはいつも信じなかったけど、ネルフに入っていたのはその為だったの。小さい頃は誇りに思っていたけど…今は呼ばれるのが遅すぎて、使徒も倒された後みたいだし…もしかしたら役に立てないかもしれない…もう何がなんだか分からないわ」
 少女は遠くを眺めながら先の見えない不安に怯えていた。
「大丈夫さ、日本には本部があるし…そこのスタッフは優秀らしいし、エヴァも一体だけじゃないんだ…頼れる仲間もいるさ、きっと」
「でも、あんたにまた会えた事が一番心強いわ。まだネルフの迎えは来ないし…今は調子が悪いみたい」
「気だけ急いても、しょうがないだろ。自分らしくしているのが一番じゃないのか…そろそろ戻ろう」
 二人が居間に戻ると夕食が用意されていたが、なぜかシンジのおかずだげ豪華だったものの特に目立った会話はなく、その日は静かに終わった。


「シェスター、日本のどんな学校に留学したの?なぜ制服がいる訳」
「俺の場合、特別なんだ」
 シンジはまだ欠けた部分の多いアスカを登校させる訳にはいかないので、彼女の置かれている立場を説明せずにいた。しかし、アスカは登校できる状況ではないが、体内時計は正常だったのでシンジより少し早く起きてミサトと共に送り出した。
「アスカ、寝てなくていいの。頭痛くない?」
「平気よ、いつネルフの迎えが来てもいいように起きとく」
「起きててもいいですけど、外に出ないでくださいね。私は…しばらく寝ますから」
 ミサトはここに上官がいてシンクロ値が落ちたパイロットにすぐにエヴァを動かせるような事は頼まないので安心しろと言いたかったが、いまだトラウマを克服できない弱った状態の少女に伝えるのは酷だと思い、それとなく流した。
「主人のいない間は、なにもしない訳?それでいくらもらってるのよ!」
 アスカは自分の謎が解けて肩の荷がすっかり下りて楽になったメイド役に思わず文句を言うが、自分でも少し発作的だと思ったので深呼吸した後、居間で寛ぐ事にした。
「…ただいま」
 正午を過ぎた頃になるとシンジが学校から戻る。
「おかえり、シェスター。早いわね、もしかして街の状態の影響なの?」
「平たく言うと、そうさ。復興に専念する為に、あらゆる活動の時間を明るい間だけに制限してエネルギーを節約してるんだ。それより、今まで何してた?」
「テレビ見てたの。リモコンがなくて不便だったわ」
「テーブルの下見た?」
「気がつかなかったわ」
「お昼はもう食べた?」
「待って…憶えてないわ」
「いいんだ、別に。それよりどんな番組が面白かった?」
「う〜ん、よく思い出せない。途中で寝ちゃったし…しばらく、話しかけないで。ちょっと目眩が」  
 普段なら勝気で負けず嫌いなアスカもろくに洞察力も発揮できない状況では言葉も歯切れが悪く、表情からしても反発する様子はみられなかった。
「きっと、ミサトさんの気が利かないからだ。アスカは休んでていいんだ。何か欲しいものがあれば用意しよう」
 シンジはアスカが記憶喪失に加えて神経に疲労が起きている事に気づき、世間話を打ちきりなんとか彼女を元気付けようとする。
「シンちゃん、お帰りなさい。お陰で気持ちに整理がついたわ。これからは部屋もきれいにして生活に華を持たせるわ」
 気持ちに整理がついていつもよりぐっすり眠れたミサトはシンジが戻ってしばらくしてから迎えに上がった。
「だれも暮らしの話なんて気にしてないさ。玄関に集まってもしょうがないだろ。帰りにジュースを買って来たんだ。アスカが怒ってるみたいだし、急ごう」
 シンジはアスカの状態はこれからの方が大変だと思いながら、居間に向かう。
「あんたには失望したわ…あいかわらずケチね、どうして飲み物だけなの?義理や人情はどこに行ったの」
「そんな事いうもんじゃないわ、最近物価高いんだから」
「もうイヤだ…こんな生活」
 怒ったかと思うと急に呆れ顔のアスカやまるで小市民と化したミサトに、まるで手の打ちようがないシンジは疲れ果てた。
「あ…だれか来たみたい」


「…こんにちは、今日はセカンドチルドレンの再調整…看護の労を労いに来ました」
 三人目の綾波レイは餞別を持ってミサトの元に訪れた。
「リツコはアスカが戻った事知ってるの?」
「博士はまだ…今は、どんな状態?」
「いい?意識は戻ったけど、微妙な状態よ。無意識の内にトラウマとなる記憶を封印して来日前から独自のプロットを形成し、現状と帳尻合わせして安定を図ってるみたいなの。そこで、命令するわ。あなたも彼女のトラウマに少なからず影響している訳だから、協力してもらうわ」
「私、三人目だから…過去の状況は把握できないの。でも、命令ならそうするわ。最後のアヤナミは…多様性を持ち合わせてるから」
 メイドに似た格好をした上官の様子は少し怪しいが、嘘をつく余裕のある状況ではない事をネルフ隊員なら知っているはずと判断して信じる事にした。造反した事で一時監禁されたネルフで三番目に謎を知る人物によって残る魂の器を無くされた少女は、そんな状況を知ってか従来のものより僅かに進化していた。現にケーキ屋の袋を持って上官の家の前にいる事もそうだし、その手がわずかに汚れているのも人類補完委員会から派遣された新しいチルドレンを施設に接近させる前に秘密裏に始末した証であった。
「なら、アスカの身近な人物を模倣する事を命じるわ。彼女に親近感を持たせて内面に迫り、安全かつ理想的に復活させる事で再び戦列に復帰させる任務を果たすのよ」
 ミサトは彼女が生まれながらの組織の狂信者で絶対服従なのをいいことに、一朝一夜でこなせない任を命じた。
「了解」

−To be continued−

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