5121戦車猟兵小隊
素肌者かく戦えり1


全年齢
Written by 瑞雲





第一分隊、壬生屋と瀬戸口の場合

「了解。見えてるな。いっちょ、暴れてやるか。お前さんも準備はいいか?」
 無線で分隊長から大まかな指示を受けた瀬戸口は、安物のスコープから目を離すとそれを懐にしまう。そして、傍らにいる壬生屋に声をかける。
 指示を伝えるのはオペレーターの時と同じであったが、今はウォードレスも着ずに制服姿で戦場に立ち、変わらない装備はインカムだけだった。
「もちろんです、私にはこれがあれば充分です」
 壬生屋もいつもと変わらず胴着姿で、鉢巻を締めて腰に善行から渡された旧海軍の軍刀と家にあった脇差を差して戦場に来ていた。小隊の中で、彼女も士魂号を取り上げられ、ウォードレスを着る事無く歩兵として前線で戦う事をしいられてもあまり気にしない一人だった。剣に覚えがあり、以前から白兵戦のみで戦功を上げてきたから使える刀さえあればいいので、人型戦車に代わって与えられた旧式で粗末な武器をあてにせずに自らの腕で戦う覚悟があった。同じく斬り込みを担当する瀬戸口はどこから調達したか分からないが、竿状武器を担いで立っていた。彼が持つ得物は女子校で見かける薙刀でなく長巻と呼ばれる武器だった。太刀の刀身に鍔と柄を取り付けたような形で、薙刀より斬撃を重視したマイナーな武器も、家が道場である壬生屋は知っていた。しかし、三尺ほどの柄があっても長大な刀身を操るのは、優男には難しいのではと思えた。逆に、瀬戸口も太刀拵えの軍刀を吊らず、鞘にも革の被いも掛けずに打刀のように差してる壬生屋に強引さと我の強さを感じた。
「なら行くぞ」
「はいっ」
 敵との距離は走って迫れない距離ではないが、少し上り坂になっていて、足の速さでは重い得物を持つ瀬戸口より壬生屋が勝り、しかも鞘に手をかけたまま走っており、すでに鯉口を切っていた。幻獣の側も低空を高速で飛ぶヒトウバンが群で突撃して来る。
「きええええっ!たあっ!とおっ!」
 壬生屋は叫び声をあげる幻獣に負けないくらいの絶叫の気合と共に、瞬時に間合いに入ると居合抜きから逆袈裟懸けで一体を斬り、そのまま振り上げた柄に左手を添えると袈裟懸けでもう一体を斬り、続けて矢射の構えから諸手突きで三体目を仕留める。わずかな時間の間であったが、途切れる事無く連続技を繰り出せたのは、彼女の見事な足捌きと太刀筋のよさのおかげである。
「ぬんっ!でやぁっ!」
 すこし彼女から離れた場所で瀬戸口はゴブリンに迫り、すぐに間合いを詰めて八相の構えから正面の一体に振り下ろし、柄から右手を離して左手首を返すと左のもう一体に力任せな一撃を加える。破壊力はある反面、攻撃が遅くなるものの、カトラスや刀に比べてリーチが長いのでそれを生かして先手を取り、刃の重さや腰の捻りも使って壬生屋と正反対の我流ながら意外と華麗に得物を操る。
「思ったより、力がおありなんですね」
「俺はお前さんと違って型には拘らないが、チャンバラのコツは知ってるつもりだ。膂力だけじゃない、足の位置と腰も重要なんだ。腰の方は…これでも動きはいい方でね。こいつは突きがいまひとつだが、俺の腰は突きなら…」
 相手が小型幻獣だけあって、ウォードレスで筋力を強化してなくてもすべて一撃でかたずけていた。
「不潔です!ここは戦場ですよ」
「分かってる。街中に醜い幻獣がゾロゾロしてるんじゃ、気分も台無しだ」
 とりあえず攻撃を加えた幻獣の像が揺らいで完全に消えたのを確認すると、二人は司令に戦果を報告する。
「おい!今の…」
「見えました!ナーガです」
 瀬戸口は歩兵全員に通信機が行き渡っていない故に、戦友の戦果まで伝えなくてはならない事に面倒さを感じたのも束の間、先の着き当たりを幻獣が横切るのを目にする。美しいが不気味な笑みを浮かべた顔に長い胴でその側面に生えた二対の足で這う幻獣は、脇道の一車線の道路の先にいる人間は街路樹の影で見えにくい位置だったので気付く事無く通り過ぎた。
 二人は小走りでT字路の着き当りまで行くと右に曲がってナーガを追う。人と全長12mの幻獣とでは歩幅がまるで違うので簡単に追いつけないが、側面から接近すると胴体のサイドにある目からレーザーで撃たれるので、背後から攻撃するのが好都合だった。
「瀬戸口さん、このまま斬りかかっても尻尾があるから間合いを詰める前に攻撃されるんじゃありません?真後ろに目はついてなくても、ナーガは熱源センサーが発達してると言いますし…。ぜひ、飛び道具を使ってください」
 壬生屋は士魂号で戦っていた頃は装甲を頼りに突進して一気に輪切りにしていた幻獣にも、防御力と体格差を計算に入れて慎重な判断を下す。サムライとして背後から襲うという事に対する抵抗と、接近戦以外はダメなのを自覚してるので、最初の攻撃はあっさりと瀬戸口に委ねる。
「お前さんを見てると、つくづく生まれてくる時代を間違えてるんじゃないかと思うよ」
 瀬戸口は肩にかけた手製の矢筒のような容器から50センチ程の手槍に似た武器を一本取り出す。それは長巻と同じくらいマイナーなマーチン・ヘイル手榴弾を真似て作られたもので、手榴弾と言っても時限式でなく砲弾のように目標に命中すると爆発する仕組みである。特徴的な長い柄と先端の弾体の反対側には細い布がついていて、槍投げの要領で投擲した際に安定と飛距離を伸ばすアイデアが盛り込まれた形状だった。瀬戸口はマニュアル通り、弾帽に刻まれている溝を安全位置から撃発位置に回して移動させると柄の中ほどを逆手で握った。
「そうだ、そのままバカ面で前へ進め」
 やや姿勢を低くしながら小走りでナーガと縦に並ぶ位置まで移動すると、突然振り返らないように祈りつつ、瀬戸口は一気に投擲する。それはアップルやパイナップルと呼ばれるオーソドックスな形の手榴弾よりよく飛び、狙っていた両肩と背骨が交差する辺りを越えて後頭部に命中すると爆発してその首を吹き飛ばした。爆発の直後、猫に襲われた小鳥のように一瞬もがくが、そのまま像が揺らいで消滅する。
「今の、見事なコントロールでした。私の手裏剣よりずっと…」
「感心してる場合じゃないぞ。聞こえるか、この地響きを。この辺にゴルゴーンがいる」
 二人は四車線の道路を横切って、ナーガより動きが早くてがっしりとした幻獣がいる方角に走る。
 車一台がなんとか通れる道を進み、左側の雑居ビルを横切って通りに出ようとしたら、その角を曲がった丁度50メートル程先にゴルゴーンが見えた。瀬戸口はなんとか立ち止まり、壬生屋はその角を右に曲がった先にいるであろう友軍の位置を探す。
「狙撃兵だ。しかし、レーザーライフルで歯が立つのか?」
 瀬戸口はゴルゴーンに命中した攻撃を見て戦ってる友軍がどんな武器を使ってるか知る。射程・弾道特性に優れる兵器も象のようにどっしりとした足と背中に多くの生体ロケットを抱える幻獣を一撃で倒す威力はなかった。
「あれは再チャージまで時間がかかる。あいつが場所を変えて攻撃するまで、俺達が援護…おいっ!」
「やああああああっ!」
 坂下の授業を思い出して友軍の戦術を予想し、なんとか奇襲をかけて一撃でも見舞えば戦車や重装備のウォードレス兵が駆けつけるのを待つまでもなく倒せると判断したが、壬生屋がすでに飛び出した後だった。
 壬生屋は雄叫びと共に抜身の軍刀の携行姿勢で駆け出し、ゴルゴーンとの間合いを詰めていくが、斜めから突撃してきた敵を踏み潰そうとゴルゴーンも突進する。
「てやぁっ!」
 ゴルゴーンにとっては近距離で小さく小回りの効く相手では分が悪く、両者はすれ違う形となり、通り過ぎるか過ぎないかの位置で壬生屋は体捌きと共に肘を曲げた状態で右手を前に突き出す鳥居の構えから、彼女が弱点と予想する後足のアキレス腱に相当する位置に掃いをかけるが、相対速度を読み誤ったせいか白刃は空を斬る。
「おい、無茶するな!今度は俺が行く。そいつの弱点は短い前足だ」
 壬生屋と違うコースでゴルゴーンの側面に出てきた瀬戸口は、長巻を左肩に担いだまま走り、四脚で前傾姿勢が特徴の幻獣の右前足の膝の裏めがけて勢いよく薙いだ。激しい一撃でも切り落とすまでには至らないが、猛烈なダメージを与えたのには変わりなく、人より遥かに大きな幻獣がバランスを崩す。
「下がれ!倒れるかもしれないぞ」
 瀬戸口は幅跳びで下敷きにならない位置まで退避しつつ、壬生屋に警告する。
「たあああああっ!」
 壬生屋は攻撃の絶好の機会を捉え、大上段にかまえたまま跳躍し、重心を維持できなくなって前のめりになったゴルゴーンの顔面に向かってまっすぐ振り下ろす。赤い双眸がまばたきする間もなくその醜悪な面構えが両断され、赤い体液が壬生屋に向かって飛散するが、実際の血液と違ってすぐ液化ガスのように蒸発して彼女の胴着にシミひとつ残す事は出来なかった。
「お前さん、そんな斬り方したら…腰が伸びるぞ」
「かまいません、どうせ刃に番号が刻まれた数打ちの太刀です。機を逃して討ち損じるよりはマシです」
 普段とは逆に瀬戸口が壬生屋に注意したが、彼女は刃の反りがきつくなってないのをしめそうと血振りをして普通に刀を鞘に納める。
 もし彼女が望むように刀鍛冶が鍛えた良質の日本刀を使うと幻獣もたやすく斬れるが、砥ぎを中心に細かなメンテナンスができないし、中心(なかご)の長さと目釘の数などからしても柄の耐久度に疑問が残るのでカトラスと同じように砥げる近代的な製法で鍛えた軍刀を持たされていた。
「その長巻の刃…全体に波紋があって美しいですね。誂えものですか?」
「これか、材料はクズ鉄で…なんでも硬い鋼と軟らかい鋼をごちゃまぜにして鍛えて、最後は薬品に漬けたらしい。無理を頼んだし、カトラスに使われてる合金は高くて重いから…今はこれが精一杯だ」
「それって、ダマスカス鋼と同じじゃないですか。その長巻を造られた方は、いい仕事されてます。私のなんか、おそらく…無理な力をかけたらすぐダメになるでしょう。なんとか人が斬れる程度のなまくらで、無理やり骨太の幻獣を斬ってるのです」
「でもよ、善行の身にもなってみろよ。銃殺を覚悟で地獄の激戦地から撤退命令を出し、首は繋がったけど部下を含めて懲罰小隊に変えられて士魂号を取り上げられた挙句、趣味で集めてる海軍グッズから未使用の軍刀まで持ち出して部下に持たせてるんだぜ?」
「今は戦時です。使える剣を使わず、収集癖の餌食にしておく手はありません」
 手負いの幻獣を倒しても嬉しくないとばかりの壬生屋に対し、いらないなら自分の手柄にしようかと一瞬思った瀬戸口も公平に戦果を報告し、友軍の戦車のエンジン音が通りの向こうから聞こえるので歩道に移動すると、短砲身型士魂号と独自に反動を相殺させる機構の必要ない92ミリで主砲自体を砲塔構造から独立させてシルエットの低減化を図ったクレフト砲塔を装備した試作型が装輪式らしく高速で走り抜ける。
「なあ」
「なんですか?」
「お前さんを一人で突っ走らせない為には、どうすればいい?」
「長物を軽く振り回す程の腕があるんですから、私を捕まえにいらして下さい」
 瀬戸口は自分より激しく動いても息を乱さない壬生屋に正直後れを取るかもしれないと感じて率直に質問すると、彼女は笑って答えた。彼にはそれが冗談に聞こえたし、愛の伝道師を自称する自分に対する挑戦にも見えた。普通のスカウトよりも危険な状態で前線に立ってるのに瀬戸口は不思議な気分になる。
「ああ、今通り過ぎた。了解」
 こちらからも押せば、あわよくばデートに誘えるかもと瀬戸口は戦場にあるまじき事を考えていると、元スカウトで旧パイロットを中心とする第一分隊の長からインカムに野太い声で指示が飛んだ。
「若…分隊長は何と?」
「俺達が突破口を開いたらしいから、次はバンビちゃん達の手伝いに行けとさ」
 瀬戸口は壬生屋に通信の内容について聞かれると、ウォードレスを着ていた頃の癖で首筋を掻きながらかいつまんで話す。
「つまり、弾運びですね」
「女がたまとか言うな」
「あら、意外とウブでらしたんですね」
「気にするな、愛とは違っててもいいやと満足することだ」
 壬生屋が自分にまでお姉さんぶるのを見て瀬戸口は調子が狂った様子で、思わずグチをこぼす。
「何か言いました?」
「行くぞ。あの二人がお待ちかねだ」
 瀬戸口はやや不機嫌な様子で壬生屋に言うと、若宮に言われた通り速水たちがいると思われるブロックを目指して足を進める。

−To be continued−

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