《メタモルオヤヂ》

全年齢
Written by 瑞雲





 ゲンドウはまたしても無断でリツコの私室に侵入してあたりを物色していた。
「赤木のヤツ、非番の時も何かやってるみたいだが…何をしてるのだ?最近、ちっとも相手をしてくれないじゃないか。まさか、私を焦らして楽しんでるんじゃないだろうな。まったく…」
 最高司令という立場にある彼はネルフのあらゆる人員を掌握していたが、時間外となれば話は別で部下と私的な関係を維持するにはアメとムチが必要だと心得ていたが、相手が研究一筋のクールな女科学者ともなれば戦略家の異名を持つゲンドウでも苦心する事が頻繁で、もし関係が冷えきってしまうと公私共に不都合が生じるので彼女が何に心奪われているのか知りたくて趣味を兼ねてフェアーでない手段に出ていた。
「おや、何だコレは?もしかしてコレの為に最近、部屋に閉じ篭りきりだったのか…案外しおらしい所があるじゃないか。わざわざ、ワシの為にこっそり…よし、ここで素通りしては男が廃る…赤木よ、お前の思い…受け取ってやろう」
 部屋の主がヘビースモーカーだけあって壁や天井にヤニがこびり付き女性らしくない退廃的な印象を与えるのにいつもながらゲンナリするが、手掛りを探そうと机に目を遣り一際目立つ持ち主に似て古くなったタイプを懸命に取り繕って今を凌ごうとひたすら仰々しくなりゆくデッキに注目し、それにうまくアクセスせれば日記か夢中になっているデータでも見れると思い、それに手を伸ばすがその途中で円く蓋までついたガラスのトレーを見つけると彼女がそれに熱心に向かっている様を勝手に思い浮かべ、普段にもまして独善的に蓋を取ると皿の上に乗ったそれを手にとって直に感触を確かめると、臭いも確かめずにそのまま口に入れる。
「甘からず、辛からず…見た目よりマイルドな舌触り…喉越しは以外とあっさりしていて、何ともクセになりそうな…ッ!!うぎゃゃああああぁぁぁ」
 無断で口にした割には美食家のようなセリフをならべながらそれを咀嚼し存分に味わった中年は、突如胃袋に強烈な刺激を覚えて悲鳴を上げた後、そのまま倒れる。


「一見、これでハッピーエンドに見えるけど…この場面で見えないもうひとつの選択肢をクリックすると、上辺の表モードが終わって、男の夢のジャンルに…」
 相田ケンスケは友人の前で携行端末でゲームソフトを操り、独自のルートで発見した裏技を実行する。
「メチャすごいやん、ケンスケ!」
「まるで、夢みたいだよ」
 学校の昼休みとは思えない興奮度で画面を見つめるトウジとシンジは感動に包まれていた。新世紀になってから日本の美少女アニメや恋愛ゲーム人気にあやかろうとアジア諸国で作られたソフト『恋愛青春手記』は安さとあいまって日本と似つかない遅れた学校や時代錯誤とも思える設定やかつての日本の人気キャラを模倣したキャラデザインが意外に受けて人気だったが、一般指定だから中学生でも買えたソフトも封印を解く事で密かに仕組まれたアジア特有のアングラな一面が暴露された事に二人は驚きが隠せなかった。
「ここで本編とは無関係なアイテムを持っていると、純情可憐な女学生もあっさり毒牙にかかる…」
 一部で三バカトリオと呼ばれる中で、最もメカとゲームに強いケンスケは満足げにメガネを揺らすと流れるようにマウスを操り、容姿端麗・文武両道・傍若無人のヒロインを爆竹やトラップであっさり制圧すると苛烈な選択肢を実行に移す。
「学園のアイドルもこれで降参やな、外国ソフトもエグい事考えよるわ。せっかく脱がして動けんようにしたのに反抗的やから、顔にクモかヒル張りつかせてみい。よう見たら、このアマ…アスカにそっくりやな」
「ケンスケ、まず手を縛って吊るそう。日頃はエラそうなんだ、情けは無用だよ…手加減しちゃダメだ」
「シンジ…実はアスカをいじめたいんだろ。吊るしたら、足で蹴られるから…弛緩ガスだ。見ろよ、ヘナヘナだろ」
「次は羽根箒で性感帯を攻めるんや、正体を見せろ」
「トウジ、効果的みたいだね…目をウルウルさせて震えてるよ。ケンスケ、もっとイタズラしよう。早く押し広げて、奥まで覗こう」
「そろそろ、こいつにいやらしい事をさせよう。見たいだろ?この際、攻略までの手間やストレスをすべて返させよう」
「ええぞ、我が心の友よ」
「最高だ、ケンスケ」
 若い国で作られたソフトは儲け主義で人権軽視の発想が反映され、過激な描写が満載されており、実体験はおろか満足な知識のない少年達の冷酷な研究心と貪欲な知識欲を喚起させるに充分で、教室の中でも彼らがいる一帯に日常とは異なる怪しいムードを漂わせるとすぐに風紀の番人の知る所となり、彼女を行動に移させる。
「ちょっと、学校でゲームしちゃダメってこの間の朝礼で聞いたでしょ!あんた達、どこまで風紀を乱すのよ」
 少年達は過剰なユーザーサービスに思わず熱くなって無修正の二次元美少女キャラを気が済むまでいじくりまわそうとしたが、突如トウジに目をつけてる委員長のヒカリに注意されると一同はすぐに散開してやむなく遊びを中断させて平然を装う。
「いいじゃないか、たまには面白いことがあったって…」
 寂しく自分の席に戻ったシンジは突然の出来事で好奇心が満たされなくなったので、すっかりふててしまう。
「シンジ君!大変よ」
 マヤはシンジのいる教室に飛び込むと、切迫した様子で叫ぶ。
「何なんだ、うるさいよ!騒ぐな、ウルサイ女は嫌いだ!この僕に、いちいち命令するなーーー!」
 いっそこのまま早退しようかとさえ思うくらいへこまされていた所に大声で呼ばれたので、逃げ場のないストレスが一気に爆発して怒鳴り返す。
「そうよ、おかしくなっても不思議はない事態が起きたのよ。碇司令が急に倒れて…」
 エヴァ壱号機を暴走させた少年の攻撃性や狂暴な一面はリツコから聞いてた為、マヤは別に驚く様子もなく先輩譲りの冷静さで用件を伝える。


「どうしてイライラしてたの?もしかして、呼び出しでも食らったとか…」
「そんなんじゃないよ、友達とパソゲーでおもしろい画像を見ようとしてたらクラス委員の女がイチイチ…いいじゃないか、中学生が見たって…こんな事言ったら、軽蔑されちゃうかな?」
 シンジはマヤと共に廊下を走りながら、キレた訳を話した。
「私って、そんなに心の狭い女じゃないわ。男はいないけど、理解はある方なの。そうだ、今度その穴埋めに…学生時代に同人サークルに入ってたから、その頃手作業で書いたハードコアな本をあげるわ。でも、ソフトな内容だと思ってたら脳ミソぶち抜かれるわよ。無修正だし結構なんでもありだったから…」
 マヤは潔癖症で知られるオペレーターだが、見た目よりオトナっぽい恋愛感や大胆な想像力の持ち主である事は上司のリツコにも知られていない事実だった。
「ホントにくれるのかい?うれしいな、マヤさんを尊敬するよ」
 シンジは同じネルフ職員でも、ミサトよりも若い女性とすぐに打ち解ける事ができた。
「けど、センパイや葛城一尉には秘密よ。シンジ君、着いて来て」
 先を急ぐマヤは興味本位でまとわりついてくる男子生徒に当て身を食らわせ、シンジは廊下でのんきに立ち話をしていた教師達に蹴りを入れて進路を確保すると、表に止めてある車に向かった。
「急げ、早く乗れ!」
 ミサトの部下であるマコトはネルフの電源が落ちた時の教訓として緊急時も早急に駆けつけれる為、ミサトに習ってスピードを重視したモンスターマシンを買い、ゲンドウの安否に関わる事態が起きてもすぐにシンジの学校に向かう事ができた。
「日向さん、どうして…こんなにすごい車?」
「例え、モノレールやカートレインが不通でも、僕は葛城さんの元へ…いや、ネルフの為に」
 仕事がヒマだと職場で雑誌を読む青年も、密かに憧れる上司への想いは熱く、必要以上に熱心な場合もあった。
「マヤさん、そう言えば何が起きたんだっけ」
「そう、そう…碇司令が事故にあったみたいで…」
 シンジは狭い後部座席に着いてマヤと隣同士で話すとようやく事情を把握した。
「どけー!ネルフのお通りだー!」
 マコトが運転する車はモーターの唸りを上げ、信号を無視したり歩道に乗り上げたり放置自転車を跳ね飛ばしたりしながらネルフ本部に向かっていた。
「けど、どうして…ミサトさんが呼びに来なかったのさ」
「彼女が一番最初に目撃したんだけど、そのまま腰を抜かしたみたいなのよ」
 強烈なスピードのせいもあってすぐにネルフ本部に着くと、そのまま下車してゲンドウが安静にしている病室へと向かう。


「センパイ、シンジ君を連れてきました」
「見事ね、マヤ。時間通りだわ」
「リツコさん、父さんの事故の原因は何なの?」
「使徒の組織が体内に入ってしまったの」
 シンジが医務室の前につくとゲンドウの部下が勢ぞろいしていた。
「どうして、そんな事に…一体、何処で?」
「私がリツコの部屋に行ったら、リツコには会えなかったけど…碇司令が床に倒れて苦しんでいたの。始めは、修羅場の結果かと思って…声も出なかったわ」
 ようやく自分に質問がふられたミサトは、第一発見者としての面目を保とうと少年に詳しく情報を伝えた。
「ワシが聞きつけた時も、てっきり刺されたのかと思ったゾ」
 ゲンドウの片腕である冬月は、彼の過去を知っているだけに、妙に冷めていた。
「とんだ、誤解だわ。あの人が勝手に人の部屋に入って…この間採集したシャムシェルから切り取った研究サンプルを事もあろうに食べてしまったのよ。まだ、細かく調べる前だったのに…」
「碇のヤツ…ワラビ餅が好きだったから、きっとそれと間違えたのだろう…」
「どうして、そんな事に…」
 シンジは研究陣からの返答を聞くと思わず途方に暮れてしまい、ガックリとその場に膝を落す。
「本当に、情けないわね。あんたのパパって」
「食い意地の…張りすぎ、なのよ」
「アスカ、綾波…どうして、いつの間に」
「立場上、無視も出来ないし…一応、かけつけて…みたの」
「何ィィ!」
 レイの思わぬ言葉でシンジは我に帰り、反射的に立ち上がり二人の方に向きなおす。
「よぉ、やけに驚いてるみたいだけど…そいつにとってはその程度の事なんだよ。少年兵と変わりゃしないんだ…上官を敬ったり気を使ったりする事も教わった筈だけど、訓練や戦う事の方が楽しいし、ロクに注意されなかたもんだから…そんなになっちまったんだ。身から出たサビってやつよ」
 シゲルは煙草の煙を吐き出すと、驚いてばかりいる少年を諭す。
「そんな…綾波は父さんの事が好きじゃなかったの?楽しそうに話してたじゃないか!仲良かった筈だろ?どうして、そんなに簡単に見捨てれるのさ!」
 シンジはそう言わずにはいられなかった。
「好き…仲がいい?理解しがたい関係だわ…上官だから、服従していたのよ」
「そうよ、規則を知らないの?シンジ。最高司令として職務遂行が不可能と判断された場合、その権限は副司令に委譲されるって、ね」
「だからって…」
 仲間だと信じていた二人の言葉は、シンジを落胆させるに充分だった。
「もっとも、私も…サービス精神って言葉の意味を知ってた…つもりよ。だから、活躍の場を与える為に…わざと暴走事故をおこして救出のチャンスを作ってみたり、求めるままに身体を開いたり…勿論、本意ではなかったけど。なのに、こんなに…愚かなミスを…私は優秀で間違いを犯さない上官の指揮下がいいわ」
「お前なんかに、人間の事をとやかく言う資格なんかないッ!!」
 少年は顔色ひとつ変える事無く淡々と告げるレイに激しい怒りを覚え、激情にまかせて少女の顔を殴るが、訓練を受けた彼女はまるで重心を崩すようすもなくその場に立ったままだった。
「あなたが…言わせたのよ?」
「お前なんか、もういらないよ。僕にはトウジやケンスケがいるし、マヤさんだって付いてるんだ」
 頬を腫らせたままでレイがつぶやいたが、少年は振りかえらず、そのまま病室に入った。
「センパイ…私も、行きます」
「所詮…子供ね。母さん、これもきっと…因果ね」
 シンジの動きに呼応して純真なマヤも病室内に急ぐが、リツコは身じろきひとつせず、科学者らしからぬ言葉を漏らす。


「父さん!外の連中がヒドい事言うんだ、早く叱ってやりなよ。ここのボスなんだろ?さあ、早く」
 ベッドに寝かされて酸素ボンベや様々な機材に囲まれたゲンドウの身体を揺らし、彼の息子懸命に呼びかける。
「シンジ君、やめた方がいいわ。危険な状態だから」
「マヤさんはどう思っているのさ、父さんが助かるかどうか…」
「碇司令は、使徒の侵食なんかに負けないと思うわ。だって、人一倍使徒に負けたくないと思ってるからネルフの頂点にいるのだと、私…信じているから」
 不安そうなシンジに対し、マヤは励ましとも楽観論とも取れる言葉で答える。
「その通りだ、私は形をなくすなもしれないが…まだ、ユイに顔向けできる状態ではない。それに、シンジ…お前をこの街に呼んだからにはまだまだ面倒を見なくてはならないからな。親という字は木の上に立って見ると書く、だから…目がものをいうのだ。はっはっはっ…」
 二人の心境を知ってか知らずかゲンドウは痙攣しながら息子に訴えた。
「碇司令、まだ無理をされては…」
「父さん?」
 ゲンドウの心拍を示す計器に急激な変動を見つけた二人は浮き足立つが、彼の身体の表面が激しく波打ち、やがて溶解が始まると驚きのあまりマヤの絶叫が病室に響く。


「副司令、私は夢を見ているのですか?それとも、これは奇跡ですか?」
「奇跡ではない、碇の尋常でない生への執着がもたらした努力のたまものだ」
 ミサトが自らの正気を疑ってしまうが、冬月がまぎれもない現実である事を彼女に告げた。
「ひゃはははは!マジかよ、まるで目玉の親父だぜ」
「すげぇ、使徒と同化しちまいやがった。まるで妖怪だ」
 マヤの悲鳴からワンテンポ送れて入室してきた中でも遅かった二人組は、ゲンドウの変わり果てた姿に呆れた表情で感想を述べる。
「黙れッ!私は、まぎれもなく碇ゲンドウだ。人が寝こんでいる間に散々勝手な事言いやがって…これからはビシビシ行くから、覚悟しろ」
 すっかり小さいサイズで人知を超えた容姿のゲンドウは、シンジの肩の上から高いトーンになってしまった声で青年たちに一喝した。
「みんな、こいつが使徒でないか、調べなくていいの?」
「やい、アスカ!父さんになんて事いうんだ!」
「パターン、赤。これで、決まりよ」
「おい、赤毛猿…私に逆らうとエヴァに乗らせんぞ、いいのか?それでも」
「すいません、アタシが間違ってました」
 アスカは変貌したゲンドウを疑ったが、シンジ達に反発され、ゲンドウに脅されると彼女は初めて素直に謝った。
「碇司令、よくぞご無事で…」
「レイ、お前もこれからは甘やかさないから、そのつもりでいろ。せっかく、いらなくなったメガネをやろうと思ったのに、口先だけの子供にはお預けだ。これからは、一人でコレクションを探せ」
「…そんな」
 ゲンドウの忠実な部下を演じていた個性のない少女は、彼に始めて叱咤されるとべそをかきそうになった。
「こんなの、非科学的だわ…」
「センパイ、そんなに口をあけたままだと…無様ですよ」
「赤木、潔癖症は辛いな」
 ゲンドウは息子の肩の上から短く告げると、部下を伴って病室から離れる。
「いいの?マヤさん。あんな事言って…」
「いいのよ、あんな杓子定規で人使いの荒いばあさんの事なんか」
 途方に暮れるクールで評判だった科学者とは対照的に、マヤの表情はどこかくだけた印象を感じさせて明るかった。
「シンジ、心配をかけたな」
「そんなのいいよ、父さん」
 サイズが逆転した親子は、始めて感情の通った会話を交わす。
「碇…将棋の続きが残ってるのを覚えていたみたいだな。ユイ君もきっと、びっくりするだろうな」
「これからは、私の手足になってもらうぞ…冬月」
「それじゃ、前と変わらんな」
「ああ、冬月…私の目を信じてくれ」
「信じてやろう、碇。目は心の鏡…だからな」
 老人に皮肉を言われながらも、ゲンドウは彼との絆の深さを確認した。
「シンジ、このまま食堂に行け。おわんを用意しろ」
「何をする気だい?父さん」
「あの…『おい、鬼太郎』って言ってみてください、碇司令」
「伊吹…お前、実はオタクだったんだな。なら、お前はお湯を用意するんだ、温度を調べるのを忘れるな」
「はいっ、今度シンジ君にちゃちゃんこ作ってあげていいですか?」
 悲惨な事件の意外な結末で結ばれた三人が、実はネルフで最も情が深い事は以外と知られてないらしい。

−FIN−

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