《お宅訪問ver.0.5》

全年齢
Written by 瑞雲





「シンちゃん、これレイの所にお願い」
「でも、綾波の家って…」
「はい、地図」
「行くしかないんだね」
 少年は食事もそこそこに席から立ちあがる。
「シンジ君」
「何?リツコさん」
「簡単な仕事でしょ」
「…」
 シンジは釈然としなかったが、結局そのまま家を出る事にした。


「なぜ、学校に行く時に渡してくれなかったんだ。どうして僕なんだ、土曜日だぞ。今日を逃したらいつCD屋に行けばいいんだ」少年は食後くらいのんびりしたかったが用事をいいつけられ不機嫌だったが、足だけはきちんと目的地にむかっていた「おや、もうここか」地図が分かりやすかったのか距離を思わせる景色をみなかったせいか案外簡単にレイが住むアパートにたどり着いた。
 表札からして彼女以外にネルフの職員−大人の影−もいないようすで、呼び鈴の対応も予想通りだったのでシンジは遠慮なく室内にあがり、セキュリティーカードを渡すべく彼女を探す。
「ここよ」
 ようやく少年が奥の部屋にたどりついた頃、レイはおもむろに口を開く。
「ははっ」
 シンジは無機的な少女に鏡ごしに話された事に気づくと、思わず苦笑する。
「今回は碇くんが来てくれたのね」
 レイはパイプ椅子に座り首から肩にかけてタオルを巻いた姿で、相変わらず振り返る事なく話す。
「今回って、今日は用事を頼まれて…で大体、何だよ。その格好は…」
 シンジはまるでレイの対応が理解できなかった。
「髪…切ってくれるんでしょ?今日、その日だから」
 レイはシンジの様子にかまう事なく用件を伝える。
「どうして、僕が?だから、今日は…」
「いつもは司令が切ってくれるの。きっと、今回は忙しいから碇くんに任せたのね」
「何で、僕が父さんの代わりを?第一、ハサミなんて持ってきてないよ…」
 少年は自分に伺いしれない事を当たり前のように言う少女の態度に混乱し、彼女の真意がどこにあるかを確かめようと鏡を覗くが、いつものポーカーフェイスで彼が探す答は見つからなかった。
「道具なら、そこのチェストにあるわ。早くお願い」
「いいぜ、先生の所で暮らしてた頃…すぐ近くが床屋だったんだ」すでに選択の余地がないと悟った少年はキレそうな心を抑え、自棄に近い状態で作業に取り掛かる。
「いいか、ただ黙々と髪を切るなんて事はそうそうできないもんなんだ。だから手を動かしながら世間話をする事が常識なんだ、分かったな」
「なら…先に手を動かして」
「いやあ、カミソリは置いていないんだね。残念だよ、ぜひ顔そりをしたかったのに…泡の下のやわらかな肌を刃で撫でるんだ、張りつくように…こうさ」
 冷徹な少女に対し、少年も心が狭いので素直に取り掛からずにわざとハサミの音を立てその先を動かない少女の視界を横切らせ、白い首筋に線を引いて見せた。
「どうして、刃物で人を嬲りたいって…思うの?」
「理由なんて、ないよ。もしあって、説明してもどうせ理解できないだろ?訳もなく無為な時を過ごしたいときにそれを妨げられ、追い立てられた時なんかは…変に目が冴えたりして、変わったものが見たくなるんだ。例えば、壊れた人形とか」
 話していくうちに眼がギラついてきたシンジは目の前の少女も含め、周囲の人間には到底自分の憂鬱が理解できないと思った。
「私は、人形じゃ…ないと思う」
 レイは背筋にえもいわれぬ感覚を覚えながらも、最小限の返答をする。
「そう、語らいは大切なんだ。気分を和らげるからね、ふだん話せない事も今日は答えてね」
 少年は少女からようやく人間らしい反応を引き出せた事に満足すると、今度は髪が覆い被さってる彼女の耳の辺りを指で弄り、そのものに触れると形を確認するように執拗に触れる。
「そう言うなら…努力するわ」
 少女は落ちつかない感触に耐えつつ、鏡ごしに薄笑いを浮かべる少年に答える。
「いい子だね、綾波は…ねえ、どんな髪型がいい?かわいくしてほしいよね」
「考えた事…ないの。司令がしてくれるから」
「そう?じゃあ、この髪型のモデルは誰だと思う?やっぱり、母さんかな。ずっと気になってたんだ」
 シンジはゆっくり少女の髪に櫛を通す。
「多分、そうだと…思う」
 少女は背後に強烈な感情のうねりを抱く気配を感じながら、記憶の片隅まで思い起こして自分の意見を述べた。
「思った通りだ。君は人間じゃないかもしれない。でも、君は君なんだ。僕が変えてあげるよ。ここにはいろんな薬品もある。目を閉じてていいよ、終わった頃にはきっと生まれ変わってるから」
 今まで知り得なかった父の心の奥に触れれた気がした少年は、どこか満足した表情で穏やかに少女に語りかける。
「はい」
 主導権が完全に自分と等しい年齢の血を継ぐ者にある事を理解するレイは短く同意の姿勢を示す。


 シンジは意外な器用さを発揮した後、すぐに家に戻った。
「シンジ君、渡してきた?」
「忘れたよ、でも写真と実際の容姿に多少の隔たりがあるみたいだから、前の写真のままじゃ、問題になるよ」
 ミサトの確認に対し、シンジはまるで悪びれる様子もなく状況の推移を伝えた。
「まあ、あれは機密の問屋みたいなものだから…しょうがないか」
 少年の報告を聞いた上官は問題の原因は組織の弊害だと考え、やむなしと思った。
「シンジ君、何があったの?」
 リツコは少年を問いただす。
「酷いな、リツコさん…きっと父さんの企んだことなのに僕のせいにするなんて…僕なんかの言う事は信じてくれないの?疑われてたなんて…ショックだよ」
「シンジ君…」
「少しでも信じてくれたら、それだけでも生きて行けるのに…もっと分かり合いたいよ」
 反応を見越していた少年は媚っぽい目で研究一筋の世間知らずな妙齢な女科学者を見つめると、そっと彼女の手を握った。
「私は情をなくすところだったかもしれないわ、その…知らなかったの、あなたが私なんかと仲良くしたかったなんて。今まで二人でこんなに話した事がなかったから…」
「リツコ…」
 友人が少年と共に奥の部屋に消えていくのをミサトは言葉ではどうする事もできないと思った。
「いいんだよ、こうして言える日が来てよかったよ」
 その日のシンジの様子は今までとは違うものだった。


「ほんま、誰が来てるんかと思ったで。耳に星のピアスなんかしよって、やらしい女かと思ったわ」
「シンジ、この間の零号機の活躍すごかったな。綾波…変わったのか?」
「碇くん、綾波さん髪が黒くてすごく長くなったし、除霊できるとか言ってるの。何かあったの?」
「新世紀なんだよ、そんなに驚く事かな。同じ中学生だろ…あれもレイ、これもレイ。これからも彼女は戦い続ける…君達はこれからも守られるからいいじゃないか」
 教室に入りざまに級友から質問責めに会うが、シンジはサラッと答えていつもと変わらない様子で自分の席に向かう。


「ミサト、あんたがレイを変えたの?」
「まさか、知らないわよ。変わったのはあんたじゃない」
「何よ。じゃあ、碇司令かしら?でも、あの世代の人は古すぎてセーラー戦士なんて知るわけないし…」
「昼間から、アニメの話なんてやめてよ。トシがみんなにバレるじゃない」
 ミサトが話をそらそうとした頃には、リツコの吸いかけのタバコの火がフィルターのすぐそばに来ていた。

−FIN−

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