《お宅訪問ver.0》

全年齢
Written by 瑞雲





 シンジは前日の夕食の時にミサトから頼まれた仕事に取り組んでいた。その内容はファーストチルドレンに新しいIDカードを渡す事だった。
「夜に来ちゃ、いけない訳だ」
 少年は、彼女の住むアパートがあるであろう一画を進みながら呟く。まぶしい太陽を避けながら歩いていると、その街灯や樹木の少なさに気づく。新世紀にあって住宅の周辺環境の不備はきわめて稀な事で、少年に言い知れぬ不安を覚えさせた。そして、目の前に広がる飾りっけのない集合住宅はインパクト後に急ピッチで建てられた復興住宅を思わせる。
「早く、探さなきゃ」
 シンジはふと我に返ると、探索を続行する。周囲の静けさに孤立感を感じながらも、微かな手がかりを求め、稀に外にいる住人に尋ねるが、彼らは別段忙しいわけでもないのに少年に対し無愛想で、ほとんど無視に近い状態だった。それでも、役目を投げ出すわけには行かないので、意を決し偶然側にいた老人に尋ねた。
「この辺りに、綾波さんってお宅は…」
「なんじゃ、坊主。あの娘の知り合いか?」
「ここに来るのは、初めてだけど…ちょっと、用があって…」
 少年は不意に聞き返されると、戸惑いを隠せなかった。
「そうか、どうせ学校にもロクに通っとらんかったのじゃろう。まったく、周りのものを振り回してばかりじゃ。悪い事は言わん、用が済んだらすぐに帰ることじゃ。関わり会うとロクな事にならん」
「僕は、綾波を知ってるけど…そんなに悪い娘には見えないけどな」
「まあ、つながりの具合にもよるわい。まあ、この辺りはいわば再開発計画から外れた場所、忘れ去られた住まい、整備される事もなく…やがてはうち捨てられる運命じゃ。笑って尋ねてくる者は、そうはおらんわい」
「せっかく、ここまで来たんだ。何もせずに帰れないよ」
 シンジはなんとか老人から部屋の位置を聞き出すと、日中でも人気がない払い下げ住宅に入っていく。少年は父に呼ばれて第三東京で暮らす事になったが、その時には衛生的で細かく整備され、コンピューターが管理するハイテク都市と聞いていたので、違和感を感じた。


(やっぱり、綾波って口聞かないし、いつも無表情だから誤解されるのかな)
 少年は自分が暮らす集合住宅とは違い、どこででも止まらないエレベーターの為、レイが住んでいるであろう部屋がある階を目指して階段を登る。厭世家の老人が話す縁起が悪い階を目指して足を進める間にも途中の階の廊下から「別れる、別れない」や「返す、返さない」などの怒号が響き、それらが少年の心を憂鬱にさせた。しかし、途中で投げ出しては保護者で上官のミサトに叱責され同居人のアスカに笑われると思い、日が差しこまない寂れた廊下を進む。
「ここにあったんだ」
 ようやく部屋にたどりついたシンジは、呼び鈴の類を探す。


「何よ…」
 レイはのぞき窓で確認した上で、訪問者の為に施錠を解いてドアを開く。
「ごめん、綾波。今日はミサトさんに頼まれて…」
少年は不機嫌そうな眼差しを送る少女に用件を告げる。
「入って」
 少女は短く言うとシンジの手を引いて招き入れると、金属製のドアを閉めると念入りに施錠する。
「あの…」
 シンジはレイの唐突さに、思わず気圧された。
「ここに用がある人は少ないわ。それに、私が求める客は…僅かしかいないから。何より…この辺での一人暮しは何かと物騒なの。今時、キー方式だし…」
「でも、それって寂しくないかい?退屈そうだね」
 少年は何か話さないと少女に無視されると思い、無意識のうちに間髪をいれずしゃべる。
「そうね…最近までよく遊びに行ってたわ。でも、この頃ぜんぜんツキがなくて…」
 レイはそこまで言うと、表情が曇る。
「綾波が運に左右される娘だったなんて、意外だな。でも、占いとかでも常に変わるって言うし…気にしないほうがいいよ」
「励ましで問題が解決するなら、ネルフもエヴァもいらないわ。着いてきて…玄関で済む任務なら、あなたが派遣されるはずがないから」
 シンジは、クールに言い返す少女に着いて行く事にした。しかし、少年には彼女が普段と違い一定していない歩調や皮肉を漏らすなどの変化が見て取れ、それが私的な対応なのか微かな子供っぽさなのかはわからないが、やけに心の動きのようなものを実感させた。
「座ってて」
「うん」
 ダイニングに通されたシンジは食卓の片方のイスに腰を下ろす。
「水でいいかしら、この辺りが箱根と呼ばれていた頃から湧いてた泉のよ」
 レイは冷蔵庫を開け汲んできた水の入った使い古しのペットボトルを取り出すと、ひとつしかないコップに注ぎ、それを出す。
「ありがとう」
 一呼吸の後、シンジは礼を言う。少年はついさっきまで室内を見回し、生活の匂いがないことに気づいた。おまけに、台所に炊飯器さえないのには内心驚いていた。
「私ね、碇くんがきっと一人でここにやってくる方に賭けてたの」
「何で、そんな事賭けるのさ。この部屋にはあまり物がないけど、他もそうなの?それとも、シンプルな方が好きとか」
 シンジはコップの水を飲み干すと、ふと素朴な意見を漏らす。
「何か言った?」
 レイは都合が悪い質問に対し、無視を決め込む。
「どうして、答えてくれないのさ」
「…言いたくないから」
「父さんとは、楽しそうに話すくせに…」
「何よ、それ」
「もっと…いい部屋かと思ったよ。暑い中来たのにアイスも出ないなんて…」
 シンジも平時は一介の中学生に過ぎないのでついつい引き下がる事を忘れ、少女を非難する。
「うるさいわねッ!少し前までは家具もあったわよ。オーブンレンジやパン焼き機だって…」
 日頃は冷静な少女も、子供の陰湿さに腹を立てて反撃するが突然電話の呼び出し音が部屋に響き中断させた。
「おい、早く出ろよ」
「あなたに指揮されるくらいなら、自爆するわ」
 レイは日常的に口げんかにさらされて速いテンポを身につけた少年にすっかり平静を乱され、頭の中に怒りが充満していた。
[こちら、綾波…現在、民間人からのメッセージは諸般の事情により、保留となっております。なおFAXについては不通となっております…]
[ざけんじゃねーぞ、こら!てめぇ勝負に負けたんだろ、払うモンきちんと払いやがれ!ガキだからって、ふざけてると…ピィーッ]
 当然受話器を取らなかったので留守番機能が作動すると一方的なメッセージに対し、手厳しい催促が録音される。
「今のって…」
「麻雀友達からの誘い…」
「まじめに答えろよ!」
 シンジは初めて仲間に対し、怒りをあらわにした。
「私…きっと、病気なのよ。そう…ギャンブルなしじゃ生きていけないの。だから、いくら負け続けてもやめられなくて…この現状」
「それで…部屋がからっぽに」
「その通りよ。
生活費をすべて支払いに当て、それでも足りないと家財もカタに取られて…そんな状態じゃ食べていけないから体操服や水着を特殊な古着屋に売った分で食いつないでるの。
でも、余裕がまるでないから光熱費とか払えないし、この暮らしもいつまでもつか分からない状態ね」
 レイはシンジに問い詰められると、他人事のように淡々と語った。
「もちろん、今はやめてるだろ」
 温厚な少年から怒りは消え、すでに失望へと変わっていた。
「そうね。ゲーム喫茶は出入り禁止になったし、軍資金もないから、部屋の片隅でじっと息を潜めて取りたてや請求をやり過ごす毎日よ。一種の賭けだけど駆け引き抜きの勝負ね。前とは違ったスリルを味わってるわ。心配しないで、任務に影響は出さないから。実験や戦闘だって運次第…そのうちなんとかするわ」
「君の生き方は…間違ってるよ」
 シンジは妙に開き直った態度の少女の目を見ることなくつぶやいた。
「間違ってる、ですって?人に勝手なイメージを抱いてただけのクセに、少し違うだけで貶したり見損なったり…そっちの方が身勝手じゃない!私には、些細な欲望と闘争本能しかないのよ。他の事が出来ないからって、上官は文句を言ったりしないわ。私の日常生活について気に留める人間なんかいやしないわよ。あんただって、戦いの時意外私を無視してるじゃない!司令の子供だからって…」
 レイは初めて少年に対し感情的な口調でわめくが、言い終わらないうちに遮られた。
「僕がエヴァに乗る決意を決めたのは君の為だったんだ。一番偉いはずの父さんが使徒襲来が近いからって、僕を頼ってきたけど…応じる義理は一つもなかったんだ。だけど、傷だらけの君を見て、考えが変わったんだ。君があんな姿になっても利用しようとした父さんが情けなくて…エヴァを作ったクセに、自分で戦おうとしない大人達が嫌で、戦う事にしたんだ。なのに、僕が守ろうとした君が腐りきっていたなんて…」
 思わずレイをぶってしまった少年は、自ら使徒との戦いに踏み切った理由を語った。
「私…目がさめたわ。イチかバチかで生きるのやめる…真人間になる。いつまでも生活破綻者じゃ…シンクロ率にも影響しそうだしね。碇くん…今から改心するって言ったら信じてくれる?」
「わかってくれたんだね。綾波は優秀だし、自分の意志も持ってるんだから、きっと立ち直れるよ」
 心の底から本音をぶつけあった二人に、もはや軋轢は存在しなかった。
「僕…説得とかヘタだから、つい手が出ちゃったけど…仲間として分かり合えないと、これが渡せない気がしたんだ」
「いいのよ、君が来てくれなかったら…私はダメになってたわ。新しいカードね、心を入れ替えた私にピッタリだわ」
「初めて笑顔を見せてくれたけど、ちょっとぎこちないね」
「もし小指を売ってしまってたら、もらおうとした物だって取り落とすんじゃないかと思ったから…」
「だめだよ、こんな美しい指を30万なんかで手放しちゃ」
照れ隠しやのろけが登場するムードの中で、ようやく当初の目的が果たされた。
「どうやら、ここを手放す日が来たみたいだわ」
 楽しい雰囲気の中でも少女は、通路の先から特徴のある足音を聞きつけた。
「え?」
「管理人が近づいてくる…家賃がたまってるから追い出しに来たのよ。狭量で悪賢い老人だわ…私を野良猫と呼ぶの」
「で、どうするのさ」
「追い出される前に、出て行くわ。こっちよ」
「ここ4階だろ?」
「縄ばしごを用意するわ、先に下りて」
「僕が下じゃ、上を見れないよ」
「こんな場合は特別よ、下を見たら降りれないでしょ」
「…視線より、バランス感覚だよね」
 促された少年が足を架け始めた頃には、部屋の扉をたたく音が鳴り出した。
「ネルフの特製だから、絶対切れないわ」
「エヴァの身長に比べたら大した高さじゃないね」
「パラシュートだと風に流されてたわね」
「いい眺め…いや、壁だったね。そのメガネ、父さんのだろ?」
 シンジはごまかしついでに、レイが頭に差しているワンポイントを発見した。
「唯一の宝物なの。私…優しい親子に守られて幸せだわ」
「ほめられついでに、君を救うプランを思いついたから説明するよ。賭け事は違法だから、君の相手だった連中の情報を警察の風紀課にでもリークするよ。未成年に対する取調べや処分は緩やかだし、もし聞かれても知らなかったって言えばおとがめなしだから、負けた分もチャラにできるよ。子供を誘った方が悪くなるんだ。騙された事にすれば、父さんだって怒らないよ」
「すごいわ、碇くん!あなたシナリオの天才だわ。きっと司令を超えるわ」
「いちいち、おおげさだなぁ」
 寂しい一画を後にした二人は、緑のある公園に来ていた。
「新世紀の救世主に祝福のくちづけを…」
「よせよ、恥ずかしいだろ。そうだ、電話ボックスがある。シナリオを実行しよう」
 すっかりデート気分の少女を軽く流すと、シンジは現実の問題に取りかかる。
「二人で入るの?」
「そうさ、今からアクセスするからモバイル貸してよ」    
「…ここにはないの。質に入れちゃった…」
「何だって?あれは備品なんだぞ!いいかい、大人達に甘やかされて育ったからって公私の区別くらいつけなきゃだめだろ。しょうがないな、僕のを使おう。データを入力するから情報を言ってくれ」
 シンジはチルドレンにだけ与えられた携帯端末を無断で手放してしまった少女を叱ると、自分の端末を電話機のデジタル回線につなぐ。
「ガツンって言ってくれる人って素敵…あなたに着いていくわ」
「え?はじめから言ってくれよ。市内ならいくらつないでても同じ料金だからさ」
「ごめんなさい、まずは…」
 少女は自分のせつない囁きが聞き取れないくらい夢中で小さな端末と格闘し、身を案じるが故に手を打ってくれる少年の背中に溢れる優しさを感じた。
「善良な市民より…と、これで終わった」
 シンジはレイが伝えた情報を整理し、リスト化したものを警察のホームページに送り終わると電話ボックスから外に出た。
「ありがとう」
「しかし…今日は一度にいろんな事があって驚いたよ。綾波の光と影が見れた気がする…自立してるようで意外と世間知らずだったり急に怒り出したかと思うと弱気になったり、無防備に見えて意外と手際良い…君は強いのかい?それとも弱いのかい」
 少年はネルフや学校では見られない一面を見せた少女に素朴な問いを投げかけた。
「そんなの、わかんない。だって…ただの子供だから」
「だから、仲間の協力が必要なんだね。きっと…」
 二人は青空を眺めながら何気ないように言葉を交わす。
「碇くん…ずっと、こうしてられたらいいのに…」
「平和が一番だよね。でも、いつまでもこうしているわけにはいかないよ。綾波…これから、暮らすところとかどうするの?もし…」
 自由に流れる雲を目で追いながらも、二人は時が流れるのを肌で感じていた。
「大丈夫、そこまで心配かけちゃ悪いわ」
「そんな事ないよ、君の事を考えるのは別に苦にならないんだ…本当さ。いくらネルフの人は例外なく頑固だとしても、君の為なら僕は…」
「平気よ、昔の遊び場に戻るから。ジオフロントには一般には知られていない区画があって…使徒襲来までは秘密だった存在である私は、そんな迷宮みたいな空間でしか走り回れなかったの。つまり、私しか知らない秘密基地よ」
「綾波っ!」
 シンジは思わずレイの手をつかんで、彼女と目を合わせる。
「あ、私…」
 少女の顔がみるみる赤くなる。
「いや、つい興奮して。やっと、君の謎が解けたから。日に当たらなかったから、白いんだね。僕は決して君を闇に葬ったりしない、もし父さんが…」
 少年はふと我に帰ると、決意が変わらないことを少女に示す。
「瞳が赤い子でも平気?」
「それこそ、内なる情熱の証だよ」
「こんな時どうしたらいいか、わからなくて…」
「思った通りにしたらいい…と思うよ」
「じゃあ、感動が薄れない間に行くわ。近道を思いついたから」
 そう言うと彼女は近くのマンホールを開け、その中に入ろうとする。
「待て、条例を破る気か!いや、何か出てくるぞ」
 シンジは少女を抱えあげて止めた。
「使徒か?この街を侵食する気だな」
 少年はレイを守るようにして毛むくじゃらのそれに対し、詰問する。
「教授?」
 レイは古びた作業服に身を包んだ旧知の穴倉の住人に話す。
「おお、レイか。なつかしいのう。役所の奴らめ…さんざんじゃ」
「綾波、知り合いなのかい」
「地下では顔役の一人よ。下水と閉鎖地区への道にくわしいの」
「レイよ、最近は使える道が減ってきているからな。気をつけろ」
「噴水に来たのね。教授、それじゃ使える道はどことどこ?」
「学校の脇とネルフへの側道だけじゃ」
「それだけあれば充分よ」
 シンジだけ蚊帳の外の状態で話しがまとまる。
「地下は灰色の世界ではない、空洞には浪漫が満ちている。邪魔したの」
「闇の先にこそ希望が見える。またね」
 少女は再会した隣人を見送った。
「綾波…君の基地には食べ物とかあるの?第一、電気は?」
「そんなもの、すぐ手に入るわ。地底湖に住む白いワニは、卵と一緒に大玉の真珠を産み落とすと言われているの。その巣を見つければいいのよ。前から目をつけていた所だし」
「やめろよ、無謀だよ」
「見つけたら、半分あげるわ」
「いらないよ、相手はワニだぞ、見つかったらどうする?素手じゃ人間に勝ち目はないぞ、相手は水辺の王者なんだ。もし、ガセネタだったら?途中で迷っても引き返せるとは限らないぞ。大体、なんだよ…その根拠のない自信は」
「空洞では、有名な噂なのよ。それに…宝って聞いただけで、血が騒ぐじゃない。チルドレンじゃなかったら、私…トレジャーハンターになってたわ。インパクトで失われた財宝は数知れず、ってね」
 レイはシンジの忠告に耳を貸す様子を見せない。
「チルドレンじゃなかったらって…今はチルドレンだろ。どうして、君がそんな危ない事をしなくちゃならないんだ。父さんに心配をかける気か?黙っていなくなったら、みんなはどうするんだ。第一、ケガしたらどうする?いつもは無茶したりしないじゃないか。
さっき、注意したじゃないか。宝とか一画千金って、まだ僕の気持ちがわからないのかい?やめろよ、平和が最も尊い事が分からない訳じゃないだろ。千載一遇のチャンスは、戦いの時にだけ巡って来れば充分じゃないか」
「夢を持つくらい、いいじゃない」
 説教を受けた少女は、うんざりした素振りを見せる。
「夢を持つのが悪いなんて言ってないじゃないか、乗れよ」
「どうして、私を背に乗せるの?」
「それが、絆…だからだよ」
 シンジは困った顔で少女に言った。
「うん…」 
「背負ってるんじゃないよ、これは…二人で歩くための準備さ」
 少年は自分に言い聞かせながら、一歩ずつ前に進む。
「司令にも昔…おぶってもらったわ。碇くん、私…眠くなっちゃった」
 レイはシンジに一度にいろんな事を言われたので、次第に眠気を覚える。
「寛いだ途端にウトウトしちゃうなんて、綾波もミサトさんみたいだな…綾波?」
「…見て、小判がこんなにたくさん…。これでエヴァをもっと強く出来るわ…司令、褒めて。むー…」  
「根はいい娘なんだけどな〜」
 シンジは夢の中の少女をおぶったまま、ミサトが待つ家へと向かう。

−FIN−

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