《あかりといっしょ?》

全年齢
Written by 瑞雲





 俺の名は藤田浩之、葉芽台学園高校2年C組。愛する仲間と共に気楽な青春を送る16歳。仲間は3人、竹馬の友でハムスターと部活をこよなく愛する男−佐藤雅志、歩く東スポの異名を持ち、最新情報と悪い噂を愛する女−長岡志保、料理とクマを愛する女−神岸あかりがそうだ。志保を除けば付き合いも古く、二人とは学力の差もあったものの、再び同じ学校で顔を合わせる事になった。雅志はまじめな奴なので随分成長したが、俺は入学してからダラダラしたクチだから夜更かしでおまけに寝坊の毎日だ。
「浩之ちゃん」
 俺は毎朝、あかりが迎えに来てくれないと遅刻しかなねないのだ。しかし、朝っぱらから人をガキみたいに呼ぶのは勘弁してほしいものだ。
「ねえ、浩之ちゃんってば」
 気がつくとその張本人がいた。去年まで授業が終わると教室の前で待っていたが、一度帰りの時間には各々の事情があるのでそこまでする必要はないと言ったら、それはなくなったが、こうして同じクラスだと俺がぼんやりしているのが分かるせいか頃合を見て笑顔で声をかけてくる。
「その呼び方、なんとかしろよ。恥ずかしくてしょうがないぜ。もう高校生なんだからよ…」
 確かにあかりとは幼なじみで、へたをしたらあまり家に戻らない母親より世話になっているかもしれないが、気心が知れているならその分、俺の気持ちもわかって欲しいものだ。
「別に、浩之ちゃんにだけじゃないよ」
「他に誰がいるっていうんだ?」
「いるよ、志保ちゃん…」
「バカバカしい…」
 あいつの場合、単に自分をかわいらしい少女と位置付ける為にそう呼んでいるだけで、むしろその名を冠した〜ニュース、〜リサイタルなど迷惑極まりないもので、単なる自己顕示欲の産物に過ぎず、実に見苦しい限りだ。
「待ってよ…」
「言うな!」
 俺は不愉快な気分なので先に教室を出ることにした。大体、あかりの奴も本当に着いて来ようとするなら、口より足を先に動かせばよいのだ。
「ヘイ、ヒロユキ!」
「…ッ!!」
 ようやく廊下に出ようとした瞬間、無粋な声が耳に飛び込んでくる。俺は人影の方に向き返す。案の定である…志保に匹敵するずうずうしさ、何も考えていなさそうな顔、おまけに目立つ金髪、女のクセにとにかく背がデカく、成りがデカいだけあってムネもデカい、学校でも街でも自分の家にいるみたいに声までデカい…彼女はハーフなのだ。アメリカとの…日本人の立場としては、デカければ偉いという根性が気に入らない!一人でイライラしていても何の意味も無く、こちらも手を打たないとまた地に伏す事になる。何のつもりか知らないいが、いきなり衝突され、くやしいかな体格で劣る俺なんかだと負けてしまう。しかし、生徒としてはこんな変人の跳梁をいつまでも許す気はない。祖先から受け継いだ技には、力と体格の勝る相手をも下すものもあるのだ。
「四方投げ!」
 ガシャ!!
「…レミィちゃん!?」
 あかりは投げ飛ばされてしばらく動かない少女に声をかけた。確かにあかりは心配性な所があるが、この場合は頷ける気がする。西洋の血を濃く引く女が受け身を心得ている筈もなく、俺が一瞬の間合いで繰り出した技に手も足も出ず、首や膝がおかしな方向に曲がった状態で倒れている。飛び道具の名手で弓道部の彼女も白兵戦では素人だ。
「梶原流柔術だ」
「すごいね」
「ジュージュツで充実ネ…」
「…ったく、しょうがねぇなあ。せいぜい、養生しろよ…パツキンセーラー」
 俺は小さな勝利で慢心する気はないので先を急ぐことにした。


「他にもいるよ」
「後輩ってのは、なしだぞ」
 あかりは以外としつこい所があり、すぐに引き下がらない時もある。
「あっ、善三ちゃん」
「えっ…」
 俺は気にするつもりもなく歩いていたが、あかりのやつが校長とすれ違いざまになれなれしく声をかけ、肩をポンポンしやがったのだ。
「奥さん、頑張ってる?」
「あぁ…」
 いいトシして頭までハゲあがった管理職が、一介の女生徒にタメ口をたたかれているさまは実に不思議だ。
「善三ちゃんの奥さんってね、ママの生徒なんだよ」
「…」
 あかりが笑いながら喋り出すと、校長はバツが悪くなりコソコソと去っていく。しかし、あかりの母親は料理教室の主宰で、けっこう生徒も多く、中には令嬢やマダムもいて彼女の教室に通うのが一種のステータスみたいになっていると聞いた事がある。
「…卑怯だぞ。どうせ、親しく呼べる相手なんてな…」
「そんな事ないよ、こっちこっち」
 俺はあかりを諭そうとしたが、何を思ったのかあかりは急に走り出しやがった。あかりが自分から走るのは珍しい。彼女は別に運動が得意でもないし、こんな姿を見るのは商店街でクマチュウを発見した時以来だろう。しかし、揺れる三つ編みは昔とまるで変らない。
「ここ…か?」
 気がつくと俺達はクラブ棟にいた。主に文化系がここに集まっているそうだが、それがなぜかオカルト研の前なのだ。
「芹香ちゃ〜ん」
 まるで接点が見出せないでいた俺だが、あかりは唯一の部員−一学年上で有名なオカルトマニアの来栖川芹香の名を呼びながら部室に入っていく。彼女と面識がないわけではないが、あかりと部室に入るのは始めてだ。
「……」
 俺達が中に入っていくと先輩がいた。おそらく儀式の途中だったみたいだが、快く迎えてくれたみたいだ。別にオカルトのシュミがあるからと言って怖い印象はなく、むしろ物静かで上品だし、実に女性らしくその黒髪も美しいのだ。
「来たよ、芹香ちゃん」
「……」
 二人は見ず知らずでない証拠に相互なでなでをしている。先輩がなでなでしてくれるのは表情も少なく力強い言葉もないが、高貴な人なりに慈悲があるのだと思う。だが、あのあかりが先輩の頭に気安くさわれるのはなぜだろう。
「よかったね、生贄が見つかって」
「…」
 あかりがオカルトに理解があったとは、初耳だが先輩のおっとりしたリズムと小さな声にも自然に応じているのはやはり同性ゆえなのか。俺は先輩にかまってもらえなくて寂しいので話の糸口を探すべく、入念に儀式を観察する。ありがちな召喚の儀式のようだ。おそらく魔界から魔族を招き現象界に呼び出し、生贄の魂と引き換えに契約を結ぶらしいはずだ。一度、先輩にカード占いをしてもらった時はあたったが、この企みについては失敗してほしいものだ。呼び出せる魔族は生贄の種類によっても変り、随分微妙らしい。願わくば、あの他人にはめっぽう恐い執事をこき使う程度にしてほしいものだ。部員ではない俺にも好奇心はあるもので、お嬢様の趣味の犠牲になる気の毒な生き物が何か気になったので魔方陣の中央にある被いの布を取った。
「お…岡田ッ!!」
 俺は一瞬、仰け反った。今回の儀式の生贄は人間だったのだ。それも、同じクラスの女子だった。この目付きの悪さは間違いない…二つに結わえた髪をしていても微塵のかわいさもないイヤな女だ。いつも二人の子分を引き連れ、傍若無人で言葉遣いも悪く、自習の時間には最も迷惑で男子が惚れないアマだ。珍しく気弱な目をしていたが、どうしても助ける理由がないので、マウスピースや手鎖をはずすのはやめた。学校に不似合いなSMチックな道具もせっかく先輩が買ったものだと思うと縛を解くのは失礼にあたる。それにしても眠り薬か麻酔の効果が切れるのが速かったのは実に不運だろう。
「すごく切れそうだね、これ」
 あかりは先輩の短剣を見て驚いてるようだ。確かに先輩が愛用しているマントや帽子と同じで由緒ある品のようだが、あかりの興味は包丁と同じレベルなのだろう。
「……」
 ようやく先輩が俺に気付いてくれたみたいだ。先輩は俺を信用しているらしく、邪魔する意志がない事をわかってくれたみたいだ。おまけに、俺がこんなニエに興味があると思い、見てみますか?とやさしく声をかけてくれたのだ。
「よかったね、浩之ちゃん。男の子なんだから、思いきって調べちゃおうよ」
「しかしだな…」
 なぜかあかりにも先輩の声が届いていたのか、もがいている岡田の両足に手を当てて閉じられた股をこじ開けようとする。
「……」
「先輩…魔族は処女を好むって言うじゃない。だから、こういうのは…たとえこいつが処女でなくても、やっぱり…」
 以外と力のあるあかりと恥辱に甘んじる気はない岡田が格闘しているのを余所に躊躇する俺に対し、先輩が耳元で遠慮いらないですとささやくが、俺はその気にはなれなかった。たとえこの不愉快な女を害する事が容易くても、初めての相手に迎えたとあっては後々の性生活の憂いの元と成りかねないし、先輩の前で獣欲を剥き出しにするなどという破廉恥に及ぶ無神経さは持ち合わせてはいない。
「分かった、病気を心配してるんだね」
「そんな所だ…」
 あかりは人の気を知らずに勝手に俺を見直しているようだ。
「……」
 俺が困っていると、先輩はえらいですと俺をなでなでしてくれた。しなやかな手のひらがやさしく俺の頭に触れる。一つしか年が変らない筈なのに実に慈愛に満ち、庶民の俺にも安らぎと心の癒しを与えてくれる。
「先輩…」
「………」
 こんなに怪しい空間にいても癒された俺に対し、先輩は召喚が成功した暁には代わりに願い事を伝えるので言って下さいと言ってくれた。きっと前に天国にいる俺の愛犬のボスを降霊させるのを失敗した事を悔いての事だが、俺は別にその事を責める気は毛頭ないし、願い事はすでに決まっていた。
「先輩がもっと占いを上達させて人気者になって、この部屋で友達と楽しく過ごせるようになって欲しいな」
「浩之ちゃん、それじゃ…」
 あかりが指摘しようとした事に誤りはない。たとえ俺が先輩ともっと仲がよかったとしても黒魔術と縁を切れとは堂々と言えないので、先輩が探求しようとする儀式にかこつけてみたのだ。先輩は孤独から逃れたい余りに悪魔とさえ手を結ぼうとしているが、もっと確実な方法があるのを知ってほしいと願っている。誰しも、青春をより良く過ごすチャンスはあるはずだ。
「別にいいんだ。俺はあかりに着いて来ただけだから…願い事なんか。先輩が少しでもマジならかなわないこともないと思うけど」
「…まじです」
 部室から出ていく時に俺がわざと先輩を疑ってみせると、先輩は仮にも来栖川家令嬢なのでプライド剥き出しの言葉で返してきた。先輩がその気にさえなれば儀式などどうでもよいのだ。思いが一番大事だと言ったのは先輩自身だから、きっと変れるはずだ。


「浩之ちゃん、岡田のやつ腹開きにされて心臓取られちゃうのかな?」
「そうはならないと思うけど…」
 あかりは先輩とは親しいみたいだが、オカルトの知識は皆無で魔法陣とまな板の区別もつかないようだ。姑息で狭量な岡田も刺されては死んでしまうが、生きた乙女でないと儀式らしくないし、あれなら岡田は失禁か発狂で済みそうだ。
「これでクラスは平和になり、あの二人も自由になれる。吉井や松本も好きになりそうだ。」
「浩之ちゃん!!」
 俺はなにげなくつぶやいたつもりだが、あかりはすごく恐そうな顔をしている。丁度階段の途中にいるから突き落とされでもしたら大変だ。
「友達になれそうだ、って言いたかったんだよ。気軽に話せる相手が増えれば、志保の情報にまどわされる事なく周りの様子が分かって便利だろ?」
「浩之ちゃん、私だって情報持ってるよ。例えば、智子ちゃんがウリしてる事や、葵ちゃんが他校生にケンカ売ってる話も知ってるんだから」
 最近、あかりと間に温度差を感じる。俺は進級したせいか人間関係が広がり内面的な部分は変化してきたと思うが、あかりはあまり成長していない気がする。すでに完成された部分が出てきているのか所詮志保に近い人間なのか、大人になる条件が整っていないようだ。彼女も変らないと二人の距離に変化は生まれないのだ。
「だめだよ、離れないと」
 俺が少し遠い未来について考えていると、あかりが俺の制服の裾を引っ張って自分と同じ廊下の端を歩かせようとする。相手に道を開けようとしているのではない。反対側から歩いてくる少女を避けるつもりらしい。
「しっ!…悪霊ちゃんと目を合わせると不幸が降りかかるよ」
 あかりの迷信じみた行動を戒めようとするが、俺に話す機会を与えようとしない。俺はあの少女を知っているが、悪霊が憑いているというのは根拠のない噂で、あの志保でさえ超能力を持つ新入生と紹介していたのにあまりに無責任な発言だ。俺は普通にしているべきだと思う。俺でさえ琴音ちゃんと目を合わせるどころかろくに話した事がないのに、あかりが嫌なあだ名で呼ぶのはおかしい。
「!!」
 気がつくと不自然な俺達と彼女は距離を置いて対峙していた。いや、相手が立ち止まっていたのだ。おそらくあかりが癪に障ったようだ。琴音ちゃんの力は不完全であり、その事で苦しんでいるのだからあかりの行動は挑発にも等しい行為だった。一呼吸も置かないうちに、彼女からすごい勢いで波動が押し寄せてくる。そのオーラは見えないが、炎の熱気にも似ていて旧皮質から生まれた怒りが前頭葉で増幅されて爆発したみたいだった。一気に衝撃が広がり、周囲にあるガラスに突き刺さる。
「やめろーー」
「あぶないっ!!」
 俺は信じがたい出来事に叫ぶことしかできなかったがあかりに突き飛ばされ、かろうじて着弾点から逸れ、本人は側転であっさり回避して見せた。気がつくと床に叩きつけられ、何とか立ちあがると蛍光灯や窓ガラスの破片があたりに散らばっていた。
「浩之ちゃん、助かっ…」
「この、たわけが!」
 このままだと騒ぎが起きそうだと心配していると、あかりがヘラヘラして駆け寄って来て俺に触れようとしたが、許さず思いっきり右の三つ編みを引っ張った。すると、急にあかりが動かなくなってその場にへたり込む。あかりの三つ編みにはそれぞれ別の効果がある。左は上質の筆のような手触りで心地よさと退屈凌ぎの役割を持つが、右側は直前の行動と思考を停止させるスイッチの役目を果たしている。これを知る者は少ないが、このおかげで俺は手をあげること無く済んでいる。しかし、相手が大人なら話せば分かるのだが、変な子供っぽさが残っているので手を焼かされる。続いて俺はあかりの頭の中心のツボを押す。今日のがさつさの原因はドーパミン不足のようだ。早く身も心も成長して髪型でも変えて俺を驚かしてほしいものだ。
「藤田さん…」
「…」
「…ごめんなさいっ」
「あかりを許してくれ」
 俺達は怪我もなくてすんだが、当の琴音ちゃんは狼狽してパニックの手前だった。俺が近づいて手をあげると叩かれるのではと怯えていたが、殴る気はないのでそのまま耳の後ろのツボを押すことにした。こんな破壊を起こせても彼女はか弱い娘なのだ。周りが精神をコントロールする術を与えてやれば問題はない。しかし、割れたガラスをそのままにして置いては危ない。
「うわぁ〜、大変ですぅ」
「マルチ、廊下片付けるの手伝ってくれないか?」
 すっかり放課後なので生徒はクラブで教師は出払っているのでこの一階に人気はないと思っていたが、耳かざりのついた小さな女生徒がかけつけてくれた。彼女はメイドロボの試作品で生まれてホヤホヤだがテスト入学の身で、実に誠実で愛らしく志保や岡田や坂下とは比べ物にならない立派な“心”を持った学校一と言っても過言ではない生徒なのだ。
「はいっ、お掃除大好きです」
「ありがとう、本当に助かる」
 マルチはホウキで懸命に破片を集め、俺は塵取りでまとめてと近くにあった鉄のバケツに捨てていった。マルチは献身的な性格と機械の正確さで破片を除去し、今日も廊下の安全を守った。
「マルチ、大好きだ」
「うれしいですぅ」
 マルチは失敗も多いと聞くが、実にひたむきで努力で成長が可能な学習型なので人間に近くとても親近感がわく。機械に報酬は不要とされるが、人として感謝の気持ち忘れてはならないのでその頭をなでて褒めた。世間での大人達の醜態は見るに耐えるが、一方ではこうした新しい機械を作れる人間の情を持った人物もいるので世の中捨てたものではないと感じた。
「あかりちゃん、こんな所で寝ているとカゼ引くよ。純子、今日はあかりちゃんを家まで運んであげよう」
 俺が帰っていくマルチに視界から消えるまで手を振っていると、いつのまにか雅史が来ていて意識のないあかりを運ぼうとしていたが、伴っている動物が尋常ではなかった。
「何だ、雅史。そいつは…」
 確かやつのペットはハムスターだったが、そいつはゆうに大型犬のサイズはある見たこともない草食動物だった。実際、その瞳を見ると実におとなしそうで、逆に人間の岡田の目の方が凶悪だし、志保のそれの方がずるがしこく見える。
「カピバラですよ、藤田さん」
「大きなネズミだよ、浩之。南米生まれで温泉も好きなんだ」
 眠っているあかりを背に乗せた前歯の出た動物に寄り添うように立つ二人は、動物の知識が疎い俺に説明する。しかし、俺が知っているのは、かつて飛行帽に使う毛皮の為に日本に持ち込まれたヌートリアくらいなのだ。
「カビ…マラ?」
「何?この人…」
「浩之…女の子の前だぞ。気の抜けた冗談は慎め」
 目の前の生き物がどのような経緯で日本に持ち込まれたのか不思議で、名前などきちんと聞いていなかったせいか、発音が不正確で品のない発言と受け取られてしまった。特に、琴音ちゃんの嫌悪は露骨で、動物に注ぐ愛情はあっても先輩の言葉のミスには手厳しいみたいだ。ろくな反論もできない俺をよそになぜか意気投合している二人は、動物とあかりを挟むように並んで去っていった。学校での1コマとは思えない光景はまるでドナドナを思わせるが、あの歌と違って明日になればまたあかりに会えるだろう。無邪気で犬チックな少女は再び笑顔を見せてくれるはずだ。
「日本男児に、色無し…恋無し、情けあり」
 すっかり一人になって下駄箱まで来ると、結構時間が経っている事に気付き、一層孤独であることが身にしみて、雅史ほど立ち回るのがうまくなくて単に女好きのおせっかいで、本当は大して相手の気持ちがわからない自分が無能に思え、自嘲の言葉が漏れた。
「なかなか、ニヒルやないの」
 俺がトボトボ靴を履き替えていると、背後に見覚えのある女子がいた。あかりより年期の入ったおさげと眼鏡が印象的な保科智子が立っていた。
「委員長…か」
「こんな時間まで何、油売ってんの。神岸さんはどないしたん?」
「さっき、雅史と帰ったよ」
「ジブンな、わき見多すぎるから、愛想尽かされんねん」
「なぁ…」
 委員長は優等生で孤高の人だが、自分の方言にコンプレックスがあるものの故郷に誇りを持つ、クールだが女らしさを秘めた繊細な少女なのだ。せっかく席が隣同士なのに、いつもつれない態度で俺のハートはいつもセンチなのだ。今日は思わぬ出合いに、無謀な期待を寄せたくなってしまいジッと見つめる。
「一緒に帰ろうぜ、席も隣な事だし…やろ?しゃあないな、ホンマに」
「…頼む」
 彼女は余裕たっぷりだが、俺はこの隙のない女に手が出ないので、声をかけても無視されたりあしらわれるのが常だったので今回は呟きと共に密かに念じる。彼女にピュアな心があればこのテレパシーが通じるかも…
「いいわよ。それより、ちょっと聞いてくれない?今日さ、おもしろい事があったの。あのアホが引っかかったのよ…」
「一緒に帰れるのはうれしいけど、無理に言葉合わせなくていいぜ」
「…何やの」
 何とか思いは通じたものの、このギクシャクは何だろう。
「いや、ぜひ…聞きたいな」
「この間…あいつらに嫌がらせされたから、こっちも用心して手を打っといたんよ。机ん中に罠しかけといてん、いかにも大層な筆箱いれといたらな…ホンマ、アホや。触りよったんや、くくく…表面にたっぷりスプレーしといたんや…ごっつうきつい薬品やったのに、何も知らんと…どうなった思う?キーキー言うた後、泡吹いて倒れよった…二人とも腰抜かしとんねん。傑作や…」
「知ってるぜ、ジャッカルに出てきたよな。確か皮膚から浸透するんだよ、あれ」
「なんか…藤田くん、気が合うな。でも、岡田あの後、保健室からどこ行ったんやろ」
「さあ、俺も分からない」
 俺は密かに委員長の事を心配していたが、彼女の負けん気の強さに安心した。見えないところで辛い思いをしているのではと力になりたかったが、こうして話が聞けるのも何かが変ってきた証拠だろう。しかし、笑いながら自分のいたずらをこっそり人に教えるなんて彼女も茶目っ気があってかわいいじゃないか。きっと昼休みの出来事だったと思うが、意外な連続性についてはとぼけておくのが賢明だ。先輩は口が堅いはずだし…
「まあ、ええわ」
「せっかくだから、今日は祝勝会だ。ヤックで好きなものおごるぜ」
「ヤックやない、ヤクドや。どこに、小さいツがついとんねん」
 せっかく盛り上げようとしているのに、言葉の壁が二人の前に立ちはだかる。
「小さな事、気にすんなよ」
「そんな事、言うのこの口か」
 俺が軽く流そうとしたら、委員長はいきなり俺の口元を摘んだ。突然のスキンシップがこれではリアクションに困るが、このフランクさは何だろう?これが関西の女なのか?いや、単に母親のノリでつっこまれてるだけだったりして…
「今度から…気をつけよう」
「大胆や…思うたやろ?意外な行動に対応でけへん…神岸さんかてそうや。たとえ、気があっても、おいそれと幼馴染みをやめられへん…どうしようもないからベタベタし続ける事で距離を維持させて溝が生まれるんを防いでるんや、きっと。せやから、藤田くんも急いでどうにかしよう…思わんこっちゃ。いきなり押し倒したら元も子もなくなるさかいに…待つんや、お互い大人になるまで」
「機嫌がいいと…口が止まらないのか?」
「藤田くんのおせっかい真似てみただけやん。けど、あてずっぽやない…女の勘や」
「心配してくれるとは、光栄だな。親睦を深めるため…いっその事、デート…」
「調子に乗ったらあかん…私かて、忙しいし…二人で街に出たら、見つかった時…面倒や。ガキほど、したしてへん言うてうるさいんや」
 委員長は一瞬『怒ったで』な顔をする。単なるおちゃらけでなく、現実的な事を視野に入れているみたいだ。確かにあの無責任女はあかりのおまけに過ぎず、あまり親しくするとバカがうつるだけだ。一瞬あいつの顔が浮かぶが、景色が変っていくと共にそれも薄らいでいく。
「志保…か。せっかく、放課後話すことで友達になれたのに…実に厄介だ」
「私かて、人に振り回されんのアホらしいわ。でも、私の冒険心と藤田くんの心構えでどうにかなる問題や。まず、朝は神岸さんと登校する…休み時間は、佐藤くんと話し。そして…昼は私と屋上へ行く…それから、帰りはレミ公でも見つけ」
 俺が悩んでいる間にも委員長はズンズン歩き、視線をこちらに移すことなく淡々と意見を述べていく。傍から見るとただの無愛想だが、それなりに考えているから不思議だ。
「委員長…?そこまで俺の為に…なぜ、そんなに他のやつに遠慮するんだ?」
「ちょい待ち…何でも都合のいいように考えたら、あかん。最近…一人でいるのもにも飽きてきたけど、私…しょちゅういっしょにいて楽しい女やない。おまけに…私いらちやから神岸さんと合わへんし。せやけど、藤田くんは一人でいるのには耐えられへん…それに、教室の中では私が一番近い所におるやん」
「離れて見ているから、あかりに甘えていればいい…そう言いたいのか?それって、ていよくあしらわれているのとどう違うんだ?どうやって、絆を確かめ合えばいいんだ!もし勘違いが元で誤解が生じた時、どうすればいいんだ」
 一人で状況をシュミレートしていると、友達というかクラス委員が事務的に挨拶しているだけにも見える。単に優しいふり・腰が低いふりをしているだけかもしれない。気がつくと言葉を荒げていた。
「そっちにも損はない話やと思ってんけどな…特別に用があるんやったら、塾のない日に後ろ着けてきたらええねん。それに、私かて…何や、溜まってる時あるから、駅前とか公園に別人の姿でおるから家に呼びぃな。しがらみのない時やったら、思う存分…交流できるんちゃう?藤田くんのモノにもよるけど。広い意味で考えや、神岸さんを傷つけたくなかったら、そうするのが…妥当や思うで」
 彼女に比べて脳内回路が狭い俺は早合点をして熱くなってしまったが、委員長はいつか見せたあきれ顔をして立ち止まると、難しく考える必要はないと俺に説いた。彼女が大人なのか俺が子供なのか、今の所分からない。
「今はあかりとの間に答は見つからないが、溝ができては未来がない…心の隙間は新しい仲間と埋めろ…そういう事だな」
「そんで、ええんよ…浩之ちゃん」
 委員長はおどけて口元だけで笑うと走り去っていった。考えてみれば変に面倒見がいいのはあかりに似ているがどこか突き放した風だし、怪しげなアクティブさは志保に通じるものがある。やがて成長したあかりにコクる為には、まずあの女でみっちり“勉強”するしかなさそうだ。

−FIN−

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